LADY GO1
『俺は大きくなったら、国際線のパイロットになります。そして立派な大人の男になって可愛いお嫁さんをもらって、幸せな家庭を築きたいです』 これ、俺が夏休みに書いた作文の一節なんだけど、おかげで担任の先生にたっぷり一時間は怒られた。 『進藤さんっ! 女の子は男の子にはなれないのよ? 今度の三者懇談の時にお母さんと一緒にお話しましょうね』 哀れっぽい目で俺を見る先生にうんざりする。どうせ俺の事おかしいんだと思ってるんだ。 俺だって本当は解っている。 俺は女で、男にはなれないって事ぐらい、よく解っているんだけど。 「あーあ、男に生まれたかったよなぁ。そしたらあかりをお嫁さんにもらってやるよ」 先生のお説教を、冗談です、嘘です、書直します、と言ってなんとか脱出してきて、いつものごとく幼なじみのあかりと下校の途中。 「うん、ヒカルのお嫁さんになってあげる。ヒカルってそこいらの男子より強いし正義感だし」 女の子が苛められてたりすると率先して助けてたりするのでヒカルは女の子の間でかなり人気がある。 「本当、あいつらバカだよなぁ。人の事男女呼ばわりしやがって喧嘩じゃ負けるのにすぐ喧嘩売ってくるんだ」 特に力が強いわけではないが、敏捷性に優れたヒカルはまだ負け知らずだ。この一・二年で対格差も出てくるだろうから、今だけだとヒカルもよく解っているのだが、ヒカルの正義感が許さない事が多々あるのだ。 「これでテストの点で勝負するならヒカル負けてるかもね」 「るさいっ」 あかりに痛い所を突かれヒカルは早足で歩きだす。 金色のメッシュにした前髪が風に揺れる。丸顔で大きな瞳をしたヒカルは黙っていれば女の子に見える。 しかしスカートよりジーンズの方が動きやすいし、髪だって手入れから考えると短い方が楽だからという理由で、つい男の子のような姿形を追求してしまっていた。 そして致命的なのはやはり言葉使いであろう。 一人称が『俺』ではたとえ愛らしくとも、男女の区別がつきにくい子供の姿では男と間違えられても仕方がないのであろう。 そしてヒカルは佐為と出会う。 「ヒカルは、にょ、女人でしたか……?」 扇で顔を隠した佐為がまるで奇異な者を見たかのように口にする。 着替えや入浴などは距離をとっていたはずの佐為のその言葉にヒカルもショックを受けた。 「……見たのか?」 「いいえ、見てません!」 「見たんだな?」 「ちょっとだけですっ!」 「見たんじゃないかーー!!」 これが暮らし始めた初日、二日までの会話なら許せるが、なんと佐為が気が付いたのは一週間も経過してからだったのだ。 まるで一心同体であるはずの佐為ですらヒカルが女の子であるという事に気が付くのに一週間の月日が必要だったのだ。 碁会所でほんの何時間か、それも真剣に碁を打っただけのアキラがその事実に気付かなくとも仕方ない事であろう。 しかし、小学生にしては大人びたアキラの様子とその見目麗しさはヒカルの中に大改革をもたらした。 子供囲碁大会を見学し、またしても怒られたヒカルはアキラに呼び止められて振り返った。 初めて胸に甘い疼きを覚えてヒカルはアキラの顔を見つめる。 「手を見せてくれないか?」 アキラに右手を取られてヒカルは頬を染めた。 言葉が交わされない間、ヒカルはアキラの事を考えていた。 今までクラスの男子など荒っぽいし、バカだし、全然興味など湧かなかった。あかり達が騒いでいるサッカー部の部長も格好良いとは思わなかった。 それなのにアキラは全然違ったのだ。 『碁打ちの手じゃ無い。それに柔らかい……』 碁石を持ち慣れていないヒカルの手を見るアキラ。彼が疑問を膨らませるのにヒカルは気まずい思いを感じてその手を引っ込めた。 「……どうせ女らしくないよ」 アキラが『碁打ちの手』云々などと考えていたとは露知らず、ヒカルは自分の手を見たアキラが『女らしくない』と思うであろうと解釈し、先制したのだ。 アキラがその言葉に驚いたように顔を上げる。 「君、女の子だったのか?」 初めて惹かれた異性の言葉はヒカルにとてつもない衝撃を与えた。その場を逃げるように駆け出したヒカルは溢れそうになる涙を袖口で拭う。 「ヒカル、ヒカルは十分に可愛らしい女の子ですよ」 慰める佐為の言葉にヒカルは余計悲しくなる。 「佐為だって一週間気付かなかったじゃねーか。どうせ俺なんか……」 囲碁の事などそっちのけで、ヒカルは叫ぶ。 「俺、絶世の美女になってやるからなーーっっ」 「ヒカルなら大丈夫ですよ、頑張ってくださいね」 佐為の励ましに、気を良くしたヒカルであったが、それからも散々男の子と間違えられ、意中の塔矢アキラとは諍いを余儀なくされ……。 そして約三年。 宣言どおり……とはいかないが、美しくかつ愛らしく成長したヒカルに塔矢アキラが夢中になったとかならないとか……。 |