くどき上手3



 本当は素直になりたいんだ。好きな人に好きって伝えられるように……。

* * * *

 あの日。
 二年四ヵ月ぶりに対局して、あろう事か塔矢と俺は友人を通り越して『B』までしてしまう関係になってしまっていた。
 考えるとかなり手順を省略しすぎたのか、あれから二ヵ月にはなるが、それ以上の関係には進んでいない。
 いつだって塔矢は物欲しそうな目で俺を見ているとは思うんだけど、やっぱり心の準備ってものが必要だと思う。
 塔矢の事は好きだ。
 ただ少しお互い頑固なもんで、甘い雰囲気になる前に喧嘩をしてしまう。
 もちろん囲碁の事だけで、その他は申し分無い……。と言いたいが、塔矢とは口を開けば喧嘩になる。
 これで友人以上の関係を深めようというのは正直無理な話なのだ。二ヵ月前はたまたま塔矢が喧嘩腰じゃなかったから、『あんな事』になったんだ。
 素直になれば良いだって?
 それは塔矢の方だ。
 あいつの事だ、一線越えたところであのむかつく態度は改まらないだろう。
 そういやあいつ俺の事好きだって言ったかな? いや、例え俺の事を好きだって言ったところで嘘くさいんだ。
 だからそんな塔矢の態度が改まるなら、セックスしても良いだろうけど、まずあいつには無理な注文だ。
 三つ子の魂百までっていうじゃないか、絶対あの性格は治らないって思うね。
 保証書がついてるなら、差し詰め向こう六十年は下らないだろう。
 だから俺は素直になんかならないつもりなんだ。

* * * *

 いつものように検討している時。
 日中韓ジュニア団体戦の話が出て、塔矢がもう選手に決定している事を知って、俺は塔矢の囲碁サロンには顔を出さないと宣言した。
 四月にある予選を勝ち抜いて、そして選手に選ばれるまで。四ヵ月間……。
 理由はそんなに複雑じゃなかった。選手に選ばれないと、いつまでも塔矢より一歩下がった所に居るような気がしてならないのだ。特にあの場所では。
 そして、自分と塔矢を比べてしまうのを避けるために俺は決断した。だってあそこだと、周りのギャラリーからも否応無しに現実を突き付けられるのだ。
 力の差なんて僅差なのに三段と初段の差は大きいという現実を……。
 そして、俺は碁会所『道玄坂』へ頻繁に足を向けた。
 いつも塔矢のところに顔を出していた反動みたいなものだった。検討自体、和谷や伊角さん達としていたから、なんというか気晴らしみたいなものだ。
 いつもの如く入り口で、市河さんの三倍はありそうな奥さんに挨拶する。
 そして俺は見てしまったのだ。
 海王の制服に身を包み、制服姿も凛凛しい塔矢アキラを……。
「なんで、お前がここに居んだよっ!?」
 奴は俺を見付けるなり駆け寄ってくる。
 まったく心臓に悪い奴だ。誰だよ、塔矢は近頃の若者にしては礼節をわきまえているなんて言う奴は!
 俺にとっては、十分に今時の人間だよ、このストーカー野郎は。そして少しは周りをみろって言うの!
「進藤っ、四ヵ月も逢わないというのは本気なのか?」
 恥ずかしい台詞と共に塔矢は俺に詰め寄る。
「あのなぁ、こんなとこまで追い掛けてする話じゃないだろ」
 俺は恥ずかしくて塔矢と共に店を出ると手近なマックに入る。適当に注文して、二階の奥まった席に着いた。
 そして説明しろと眼光を飛ばす塔矢に俺は口を開く。
「俺が四月まで来ないって言ったのは、お前と打たないって意味なんだぜ」
 別に会わないとは一言も言ってないはずだ。
 本当は会わなくても良いかと思っていたけど、そんな事を言えば塔矢に殺されそうな雰囲気があった。
「君は僕が居なくても平気なんだな」
 平気じゃないけど、予選免除の奴なんかと仲良くしてられる程、俺は大人じゃない。それに四ヵ月なんかあっという間だ。
「碁打ちが打たないというのは逢わないというのも同じじゃないか……。君の初めてになりたいって言っているのに」
 珍しく塔矢が肩を落としている。
 確かに塔矢の言う事も一理あるのかもしれない。
「解ってるっ、いつかは……って思ってるさ」
 塔矢を初めての相手にするというのは、あの日からの約束みたいなもので、俺は『いつかは……』と考えている。ちなみに初めての相手というのは、初めてエッチをする相手っていう事なんだけど……。
 碁を打っている時にはそんな雰囲気にはならないし、実際衝突の方が多くて俺達はまだ『清い仲』だった。
「いつかっていつだ? 君はいつだってはぐらかしてばかりだ。まだ二ヵ月しか経ってないのは解っている。けれど僕はまだ君から携帯の番号も教えてもらっていないし」
 確かにお互い電話番号も住所も知らなかった。だって囲碁サロンへ行けば会えたし、会えなかったからといって『じゃあまた明日』みたいなノリだったから。
「お前って……俺の事そんなに好きなの? 塔矢が携帯の番号知らないからって拗ねるなんてなぁ」
 そんな俺の言葉に塔矢は身を乗り出す。
「拗ねてなんかいない!」
「拗ねてるじゃんかっ!」
「拗ねてなんか……。いつもこうだ。喧嘩したい訳じゃない。君と逢えないならせめて電話で声ぐらいは聞きたいと思ったんだ」
 ふむ。なるほど。そういうものなのか。って納得した俺って薄情なのか? だって本当に四ヵ月なんかあっという間だと思ったんだ。
「番号は教えられない。って携帯持ってないんだよ俺。それに、俺……。塔矢と打たないつもりでも、逢わないつもりは無いぜ?」
 塔矢の事は恋愛の好きだという自覚はある。
 これでも一応……。
 四ヵ月、まぁ逢わなくても平気かな?とは思うけど、塔矢にここまで言わせたら可哀想になったんだ。
「という事は逢引きは可という事か……。確かに碁を打つ時間が減ればチャンスは増えるな」
 場所も考えず、手を握ってきた塔矢。もちろんそれで何を言いたいのかすぐに解ってしまう。
「おっ、お前ってエッチしか頭に無いのかよ」
 小声で抗議すると塔矢も反論してくる。
「悪いかっ、君は僕を聖人君子か何かと間違えていないか? 僕だって人並みの欲求はあるさ。特に好きな人が目の前で手招きしている状態で我慢なんか出来るか」
 ……。
「ちょっと待てよ、誰が手招きしてるって?」
「君だよ。キスしても触っても拒まないうえに、いつかは僕のものになると口約束した。『いつか』が今じゃダメという法律は無い。つまり君は僕を誘っているんだ」
 世の中、言って良いことと悪いことがある。そして今の塔矢の言葉は完全に俺の逆鱗に触れた。
「すっげーご都合主義! 塔矢なんかヤりすぎで枯れちまえっ」
 こんな時ファーストフード店は、先に会計済ませてるから速攻で帰れて良い。
 これがファミレスだと、会計しているうちに追い付かれるだろう。放って帰れば別だけど。
 そういやまた喧嘩したんだな。そんな事を考えつつ家路につく。
 だって塔矢が悪い。
 断じて誘ってなんかいないのに、すごい言い掛りだ。エッチしても良いかな、なんて感情が消えていくっていうんだ。
 断っておくけど、塔矢の事は好きだ。俺以外の奴と付き合ったり、エッチしたりってのは絶対ヤなんだけど、なんか塔矢の態度がむかつくんだよ。
 まぁ頭下げるなら、許してやっても良いけど。あいつの事だから絶対自分の方から折れるなんて事はしないだろう。
 あの二ヵ月前の塔矢を考えると、本当に不思議になる。
 きっと俺が素直になれれば良いんだろう。なんてったって俺の方が年上だし、あいつはガキだし。
 素直に好きって言えたら、もっと違った関係になるって解ってるんだけど、どうして俺が折れなきゃならないんだ?

 多分今度は学校か棋院で待ち伏せされるんだろうなぁと予想しつつ俺はため息をついたのだった。


ヒカ碁の151話を読んでの書きなぐり……。お目汚ししました。




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