「塔矢……」
どうして? と聞けない疑問がヒカルの中に蓄積していく。
「今日の僕はおかしな事ばかり言っているな。つまり君を生涯のライバルってだけじゃなく、もっと深く君と知り合いたいんだ」
友人として……というよりは、もっと深い関係を望まれている感覚がヒカルの中で強くなる。
「……なんか塔矢の言い方ってやらしい……気がする」
これ以上塔矢を正視出来なくて……、ヒカルは我慢できずに俯いた。
そして塔矢も決心を固めたのだろう。
「……そういうつもりで言ってるんだ。ずっとライバルが欲しいと心の片隅で思っていたけれど、君という人に出会って……、君の全てが欲しくなったんだ」
誤解と思い込みが化学反応を起こして、そして思い掛けない結果となってしまったのだろう。
「……変な塔矢」
そう言ってみたものの、でも悪い気はしなくて……。
「キスして良いかな」
突然言われたそんな台詞にも嫌悪感はゼロ。
「そんな事聞くなよ」
純粋に塔矢とキスしてみたいとヒカルは思ってしまっていた。
碁盤を乗り越えて、お互いの唇をそっと重ねる。ゆっくりと名残惜しげに離れると、照れ臭さが湧いて出た。
「ファーストキス? なら嬉しいな」
先程までの戸惑いはどこへ捨ててしまったのか、塔矢の表情には余裕すら感じられる。
「そんなのっ」
『多分幼稚園の頃無理矢理アカリの奴に奪われたはずだ。奪われたって変だけど、事実あいつの方がでかかったし、それにふざけてただけだし』
朧気なヒカルの記憶が蘇る。そんな言葉を濁したヒカルに、塔矢はまるで獲物を捕らえるような視線を送った。
「君の初めてになりたいんだ」
意を決した塔矢の言葉に、ヒカルの方が驚いてしまう。
『キス以上の初めてって、塔矢の奴なんて事を口にするんだよ〜。こんなすました顔して意外とむっつりスケベだったんだ……』
塔矢の申し出をヒカルは検討してみる。そもそも男同士だけど塔矢の事は嫌いじゃないし……。なんか初めて塔矢と打ち解けて、それが嬉しかったという事は好きなのかもしれない。
そんな風に、ぐるぐると回るヒカルの思考回路を塔矢の言葉がストップさせる。
「無茶はしないって約束する」
塔矢の優しい笑みに騙されてしまったのか、その言葉にヒカルは頷いてしまっていた。
* * * *
それからの塔矢の行動は素早かった。逃げないように手を掴まれたまま、碁会所を出ると一本裏道を通って、何やら派手な外観の裏口へと入っていく。
ここが世に言うラブホテルなんだと感心している間に塔矢の手にはルームキー。
部屋に入って背後のドアがガチャンのロックする音が聞こえるか聞こえない間に塔矢に抱き締められていた。
視界に入ったピンクの照明も一瞬で、すぐに塔矢で一杯になる。
キスされて……。舌を差し込まれる。その変な感触に腰が引けそうになるが、塔矢は離してくれそうになかった。
「ちょっ、たんまっ」
そう言ってなんとか逃げ出して、部屋の中央へと移動する。
『なんだ、普通のホテルみたいだ』
安物くさいシルク風のシーツと枕元にあるパネルを除けば、冷蔵庫もあるしテレビもある。ゲームもカラオケもある。
小さなサイドテーブルの上には食事のメニューと、大人のおもちゃの注文表?
途端に身体が緊張で強ばっていく。
『俺……、なんてとこに居るんだろ?』
ヒカルの緊張を解きほぐすように、塔矢が優しく声を掛ける。
「進藤、テレビ見る? コーヒーでも入れようか?」
カルチャーショックを受けた訳じゃないけど、解ってはいてもドキドキするのは隠しきれない。
「うっ、うん」
返事をしたヒカルに塔矢はテレビの電源を入れた。途端部屋中に響く喘ぎ声。
もちろん興味が湧かないはずもなく、ヒカルは観やすいように正面のベッドにと腰掛ける。
雑誌とかをクラスの男子と回し読みはするけれど、AVは初めてだった。
ベッドが沈んだので背後に塔矢がいるのは解っていたけれど、意識も視線もテレビに集中してしまっていた。
「わっ、な、何?」
背後から抱き締められるのと、ジーンズのファスナーが下ろされ中に塔矢の手が忍び込むのとほぼ同時で……。
「堅くなってる」
クスッと笑った塔矢の笑みがあまりにも艶っぽくて、その行動を咎める事を忘れてしまっていた。
「あっ当たり前だろ、エッチビデオ見てるんだから」
雑誌で想像していたよりも、何倍もエッチで……、好奇心が先立ってつい画面に視線を戻してしまう。
その隙に塔矢はさり気なくヒカルの動きを、ヒカルには解らないように封じていた。
「進藤は画面見てて良いよ。ほら、可愛い女の子が出てる」
画面の中では下着姿でイタズラされている可愛い女の子。
そして自分も下着の上から塔矢にイタズラされていて、視界との刺激も相俟ってヒカルは朦朧とする自分を感じていた。
耳に塔矢の息がかかる。
すでに画面よりも塔矢がこれからどうするのだろうか気になってしまっていた。
すっぽりと塔矢に背後から抱き締められた形で、塔矢の右手は堅く勃ってしまったヒカルを下着の上から撫でている。
そして左手はTシャツの中に侵入し、ヒカルのジーンズのボタンを外したり、脇腹を辿ったりとしていた。
「ほら、画面見なくて良いの?」
ヒカルにはもうそんな塔矢の言葉など耳に入らず、自分に与えられている下半身と胸や腹、耳への刺激に意識が捕われていた。
思わず目を瞑っていて気が付いたときには自分も塔矢もかなり衣服が乱れていた。
「とっ塔矢?」
急に止まってしまった刺激にヒカルは首を捻って塔矢を見る。
「君の初めてが欲しい」
熱い眼差しに見つめられ、そして下着の上からでなく直に触れられて。
「ん、んっ……」
既に解放を待つばかりの『ヒカル』は、そのまま塔矢の手でイってしまっていた。
「自慰する以外、君を極みへと導いたのは僕が初めてだよね?」
服が汚れないように手早く処理を済ませる塔矢。
「あっ当たり前だ、バカッ」
身体から力が抜けた分、気恥ずかしさが増す。人の手でイってしまったという事実。
『こんな事して良いのかな』
そんなヒカルの考えなど、塔矢には全く無いようにすら伺えた。
「お風呂一緒に入ろう」
そう言うと塔矢はヒカルをバスルームへと導き、ヒカルの服を脱がせると自分も服を脱ぐ。
そして広いバスタブに先程と同じ態勢で入った。いつの間に用意したのだろうか、泡で一杯になった浴槽。
その泡で見えはしないが、遠慮がちに塔矢の手がヒカルの内股や、下半身へと延びる。
裸の身体にまたもや塔矢の好きにさせている自分。
『こんなの許せるって俺、塔矢の事好きなんだろうか?』
腰の辺りに堅いモノがある。
多分『塔矢』だ。
やっぱり出してもらったお礼に出してやるのが礼儀だろうとヒカルは思う。自分でするよりはポイントは外れるだろうけど。
「いいのかい?」
ヒカルの申し出に、バスタブの淵に座った塔矢。目の前のそれをヒカルは自分でするように扱く。
自分以外の人間の、それもカチカチになったのって初めて見るんだなぁ等と考えるヒカル。塔矢の顔を見ると気持ち良さそうにしていて……。
時を待たずして塔矢の腰が震え、ヒカルの右手を汚す。
「これでギブアンドテイクだな」
そんなヒカルの言葉に塔矢は物足りなさそうに頷く。
「本当はもっと君の初めてが欲しいけれど」
今日は我慢しておくよと口にした塔矢にヒカルは青ざめた。よく言う『出しあいっこ』じゃ済まないんだという事実にやっと気が付いたのだ。
幸い『無茶はしない』と口にしていただけあって、塔矢から押し倒される事は無かったのではあるが、自分の気持ちと照らし合わせてみてそれも遠い日の事じゃないと思えてしまう。
『俺、塔矢の事……好きなんだ、きっと』
そんな事を考えながらヒカルは胸の奥が熱くなるのを感じるのだった。
* * * *
玄関を入ると遅くなった事を諌める母。それに肩身の狭い思いをし、心の中で両親に謝る。
道を踏み外したという自覚は多大。けれど後に引けないこの感情。
「フロ〜?いいよフロは」
断ってしまってから、いつもと違う石鹸の香りが自分からしているのが解る。自分と塔矢の匂いがしない事に安堵してヒカルは階段を昇る。
あれから二回塔矢の手でイかされて下半身が怠い。
「いい。疲れたからもう寝る」
母親の夕飯を勧める言葉を断って味付けは最悪だったけれど二人で食べた食事を思い出した。顕らかに市販のスパゲティー。あんなところでは、冷凍を暖めた程度が関の山なのだろう。
程よい倦怠感に睡魔が襲う。いつの間にか夢の中に居て、そこで見た夢はとても幸せなものだったので、目覚めたヒカルの瞳から自然と涙が零れ落ちた。
母の声で起きだして、ヒカルは慌てて朝食を食べる。そして靴を履きながら、塔矢との昨日の約束を思い出していた。
『また明日会おう』
今日は純粋に碁を打つつもりだった。勿論塔矢もそのつもりだと思いたいが……。
「帰りは碁会所寄ってくるから」
遅くなるの?という母にヒカルは慌てて答える。
「晩ごはんまでには帰るよ」
学校が終わって、急いで行ったら四時半。二時間として……。十分夕飯に間に合う。
けれど、塔矢が昨日の続きだなんて言い出したら、多分断れないんだろうなぁ。などとヒカルは考えつつ、学校へ向かって走りだしたのであった。
ヒカ碁の148話で、なんかヒカルの態度が「箱入り娘が親の言い付けを破って彼氏と初エッチ。しかし親を心配させないように言い訳」をしているようにしか思えなかったもので。
ものすごく邪推。ヒカルちょっと流されすぎだし、塔矢も安直とは思うもののご都合主義で二人には流れに流れてもらいました。つまり安易すぎる展開……。もっと葛藤は? とか思いながらも書きたかったのは最後の部分だったので…。
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