君の声が聞こえる場所7




 佐為が消えてから、本因坊秀策の墓に何度も足を運んだヒカルである。今日もふと思い立って巣鴨までやってきたのだ。
 佐為が消えてしまったという事実を受け入れられるまで、何時間もここに座っていたこともある。
 それを運転手やボディガードはヒカルの奇異な行動を何も言わず見守っている。それら一連の行動が父や母達に報告されていたのかもしれないが、父や母は仕事が忙しくヒカルの行動にまで気に掛けている暇がないのか意見をされた事もない。
 囲碁のプロになると言った瞬間からヒカルはいない存在だったのかもしれない。
 唯一、半年前に職を辞した祖父がヒカルの味方になってくれたので救われているが、経営する会社の後継問題が残る。
 しかしヒカルに無理強いする事のない両親達はヒカルを無視しているにしろ、最終的にヒカルの道を認めてくれたような形となった。
 幼い頃から一人だったヒカルにとって、両親が自分達の事で忙しく、ヒカルに構う暇が無かったからこその結果であっても特に不思議だと思わないし、放任でも無視でもどちらでも良かった。
 唯一の友達だった佐為を求め佐為の墓ではないが、秀策の墓前でヒカルは呟く。
「なぁ、佐為。俺、塔矢と打ったぜ。お前が好きだったあの塔矢行洋の息子だよ。ネットで打ったよな……。あいつ俺の中に佐為を見付けたみたいだ。本当にあいつはお前しかみていないのな」
 プロ試験ですら佐為との一局の前では些細なことだったアキラ。
 夏休み中ネット碁をしていて、思い返せば挑戦者の中に常にakiraの名があったようにも思う。
 塔矢アキラの棋譜を見てをakiraだと気付いた時からもう一度打ちたくてプロを目差したのだ。
 五月のあの日までは、ヒカル自身がアキラと打ちたい、いや打つのだと希望を胸に膨らましていたのに……。
 佐為が消えてから、罪滅ぼしのために打たないと心に決めて……。たとえプロで活動するにしろ佐為を生かすための手段だと常々言い聞かせていた。
 消えてしまった佐為の事を思うと、碁石を持つ事すら心苦しくて、ずっと打ちたいと願ってた相手との機会が反対にヒカルを苦しめた。
 打ちたくて打ちたくなかった相手。
 彼が佐為の影を見付けた事で、打った意味があると思えたがそれでも言い知れようのない焦燥感が押し寄せる。
 追い掛けていたのは自分だったのに、三日前の名人戦の予選から追い掛けられているような感覚が拭いきれない。
 佐為の棋譜を研究しているからという言い訳はどこまで彼に通じただろうか。第一、佐為と自分の棋力にはまだまだ開きがある事も自覚している。
 それに、佐為の事は話してもどうせ信じてもらえないだろう。
「ヒカル様、そろそろお時間ですよ」
 声を掛けられてヒカルは振り向きもせずに頷いてみせる。
 佐為の言葉が聞きたくて、もう一時間以上はこの場所に立ち尽くしているから心配されたのだろう。
 アキラと打った事に対して許しを得たかったが、佐為の声は聞えなかった。きっと佐為もアキラと打ちたかったのだろう。
 ずっと前から気になって、打ちたくて……。やっと叶った念願。
 佐為が行洋を気にしたように、ヒカルもアキラを追い掛けてきた。ライバルというには当てはまるようで当てはまらないこの関係。
 一方的にアキラを目標にして追い掛けて、そして佐為を吸収して佐為の全てを奪ってようやくアキラに振り向いてもらえたのに。
 必要以上に打てば佐為は二度と戻ってこないような気がして、ヒカルはアキラと親しくしてはならないのだと考える。
 それは佐為が消えてから決まってしまった運命だから……。
 まるで結ばれる事のない織姫と彦星のようだとヒカルは思う。彼らと違うところは一年に一度以上は公式戦で当たる事だろうが、それ以上は打つ事もない。
 それでもアキラを追い掛ける事は止めないだろう。
 噂では日中韓のジュニア戦があるという。
 きっとアキラは代表に選ばれるだろうし、出来るなら同じ舞台で戦いたい。勝った時も負けた時もその喜びと悲しみを共有したい。
 そんな自分の考えを、まるで恋のようだとヒカルは苦笑した。
 ずっとずっと片思いして、でもその想いは届かない哀れな恋のよう。死んでしまった恋人に操を立てて、打ち明ける事のない恋。
 らしくない表現だとヒカルは無意味な思考を振り払う。


 それが事実であると知らぬままに……。



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