篝火1



 あともう一歩で暦と同じく春になろうかというこの季節。三寒四温という言葉どおりなのか、とある暖かい日にヒカルは区役所に転居届けを提出してアキラの住むマンションへの引っ越しを済ませた。
 まず驚いたのは、てっきり家賃を払っているものと思っていたマンションが実は購入した物件でしかもローンすら無いという事だった。つまり即金払い。いくら期待の若手棋士のアキラと言えどそんな収入は無いはずだと思っていたら、どうやら駅前の碁会所経営が、元名人が引退した時に経営移譲されアキラ名義になっていたらしい。
 つまり普通なら赤字覚悟の碁会所経営は、節税の事を考えると元名人よりもアキラ名義の方が良いと顧問税理士に勧められて言う通りにしたところ、アキラのビジュアルと実力が世間受けして囲碁人気が高まり、碁会所は以前よりも収益が上がったらしい。そして節税の思惑からは外れたもののこのマンションをローン無しで購入するのに助けとなったという事だった。
 バブルが弾けて交通の便が良い物件でもかなりのお値打ち価格となっただけでなく、間取りなども全て完全オーダー可能で、勿論アキラは部屋の遮音性を重視して注文したらしい。
 とりあえずそんな余談は別にするとして、アキラとヒカルはさながら新婚の夫婦のように同居生活を楽しんでいた。
 手合いのある日は一緒に棋院に入り一緒に出ていくというよう極力一緒に過ごせる時を大切にした。
 勿論夜の営みも回数及び内容について、今まで以上のものとなり二人は幼かった頃のように言い争いなどする事なく、平穏な蜜月を過ごしていた。
 そんなある日。
 スケジュール管理しなければならない程多忙となったヒカルは携帯のスケジュール機能を見ながら目を輝かせていた。
 そしてパソコンで棋譜整理していたアキラの背中に抱きつくような形で話し掛ける。
「あのさ、俺今度の手合いで関西まで行くんだぜ」
 実はその昔、広島に行ったときに食べた広島焼きにはまったヒカルはお好焼き系を好んで食したため、本場大阪のお好焼きをまた食べられるという事で表情が弛んでいたのだ。
 そんなヒカルにアキラは『仕方無い』と言いたげに、それでも艶やかなヒカルの好きな笑みを作る。
「じゃあ僕も行くよ。君との時間は意図して作らないとね」
 どうせヒカルの事だから大阪に行けば社に連絡する事であろう。よその男と二人っきりには決してしたくないアキラなのだ。
 例えヒカルにその気が無くとも、相手はどうか解らない。なにしろヒカルは誰もが惹かれるものを持っているのだ。
「日帰りの予定だったんだけど?」
 手合いが遅くなったとしても、新幹線が無くなってしまう時間にはならないし、日帰りで十分なのだが、それでも一緒に行くのだろうかとヒカルは首を傾げる。
「近くにリッツだって帝国ホテルだってあるし。そうだ、一度関西風のおでんを食べてみないかい?」
「みる!」
 一泊すれば、ゆっりと食事ができるのだと説明したアキラにヒカルはさらに強く抱きつく。育ちのせいだろうか、何げにおいしい食物を知っているアキラの提案にヒカルは二つ返事をしたのだった。
「その前にもっとおいしいものを食べようかな?」
 そう呟いたアキラの表情が獲物を狙う男の顔になっていた。
「えっ?」
 何を食べるのかと訝しむヒカルにアキラは正面に身体の向きを変えて軽くキスをすると、
「勿論キミ」
 と、ヒカルの耳元で低く囁く。
 『こんな時間に!』とか『昨夜もしただろ!』などというヒカルの抗議は、次の大人なくちづけで封じられる事となり、二人は寝室へと移動したのだった。
 ここから先はいわずもがなであろう。
 








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