「ちょっ、ちょっとー」
ヒカルが止める間もなく、顔には白粉もはたかれるし、靴までがヒールつきのそれになってしまう。
「悪ぃ、進藤。身代わり連れてこないと服返してくれないって言うし、お前の女装姿期待しとくぜ」
チャイナドレスから元の服へと着替えおわった和谷はネクタイを締めるのもそこそこに扉の向うへと行ってしまう。
「待てよっ和谷!」
しかしヒカルの声は虚しくも和谷は届かず扉に遮られてしまうのだった。
「出来上がり!!」
誰が言ったのか解らなかったが、茫然自失のヒカルを扉まで送り出すと、
「身代わり連れてくれば服返したげるからね」
と、にこやかな笑顔で部屋から追い出されてしまう。
「こらっふざけんなよっ、返せってば」
目の前で閉まった扉を叩くが、一向に開く気配も無いし、それどころか部屋の外にいた奈瀬に腕を捕まれてしまう。
「身代わり探したほうが良いんじゃない?」
そういうと、元の会場の方へと連れられる。
「こんな格好恥ずかしいよっ、離せよ奈瀬!」
抵抗してみるも、酔いは足や運動神経にまで影響を及ぼしている。おまけにヒールの靴は慣れないものにとって拷問にも等しい。
「大丈夫。進藤ってば結構イイ線いってるから、全然恥ずかしくないって」
「馬鹿っ、似合う似合わないの問題じゃないだろっ」
「じゃあ早く身代わり探して連れてくれば?」
無情にも、嫌がるヒカルを残し奈瀬はウィンクしつつ会場を出ていった。多分自分が履いているより三センチは高いヒールだというのに、その足取りは軽やかそのもの。
それに比べて……。ヒカルは自分の足元を見た。真っ白なパンプスと、そこから伸びる貧相な足。
幼い頃は生傷の絶えなかった膝も、今のインドアな生活ですっかり生白く、凡そ筋肉質とは言い難い。
そしてなんだ、この短いスカートは? 窓に映る自分の姿に頭が痛くなる。
「ヒュー、進藤ーー! まるで森高千里じゃん?」
「和谷ーー」
ヒカルの怒りの声に、周りが一斉に自分達に注目する。
「えっ進藤くんな訳?」
「……かっわいーっ」
冷やかしの声にヒカルは恥ずかしさに身を縮め、和谷を連れ出す。そして廊下に出るなり、和谷を壁に押しつけた。
「もしかして怒ってんの?」
「ったりまえだ! よくもよくもっ」
「おい、俺に文句言うのはおかど違いだぜ。犯人は女性陣なんだからな」
「和谷が俺を身代わりにした事はどう説明する気だよ」
「あーーー、進藤良く似合ってる。可愛いいし」
「誤魔化そうとしてもダメなんだからな」
「怒ってる顔も可愛い……」
流石にしみじみ言う和谷にヒカルも訝しむ。なんか態度が変??
「和、谷? 酔ってんの?」
もう未成年ではない彼が酔っていてもおかしくないが、間近での彼の呼気からはアルコールの匂いは僅かだ。とても酔いが過ぎたとは思えない。
「進藤って、そんじょそこらの女なんか顔負け。自分で知ってた? やばいぜ、その格好は。進藤って知ってても押し倒したくなるな」
気が付くと和谷の手が腰の辺りに回っていて、がっしりと捕まれている。
「ちょっと、和谷。冗談は止せって」
「……冗談じゃこんな事できねーよ」
すごく真面目な表情の和谷に、ヒカルも流石に身の危険を感じた。和谷は酔っている、そして自分は申し分のない女装をしている、イコール、自分の身の危険。
まさか……とは思うが、酔ってる人間ほど信用できないものは無い。それを証拠に和谷の顔が迫ってきて……。目一杯身体を仰け反らせるも、身体が前屈するようにもいかず、また逃げようにも、腰に回された手の力からは逃れそうに無く、ヒカルは覚悟を決めた。
口を堅く閉ざし、目を瞑った瞬間。細いけれども筋肉質な腕が両肩に回され、和谷とヒカルの間に割り込む。
「酔ってるにしては、少々行きすぎだと思うね」
その硬い声音は振り向かなくとも、誰なのか十分に認識できた。ヒカルの脳裏にグラビアの中で甘く微笑む彼の姿が焼き付いていて離れなかったからかもしれない。いや、それよりも、今の声は彼が昔自分に対して怒鳴った時のそれにもっとも近かったからかもしれない。
「塔矢?」
どちらにしろ塔矢が自分を助けてくれたということだけは真実だった。
第三者の出現で和谷も自分が何をしようとしていたか気が付きばつが悪そうにヒカルを離す。
自然ヒカルは塔矢の腕の中に納まるのだが、端から見れば見目の良い男性二人が女性を奪い合っているようにしか見えなかった。
「あー確かに酔ってるかな、俺ちょっと外の空気すってくるわ」
和谷は取り繕うように言葉を紡ぐと二人を後にした。
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