塔矢がヒカルの姿を再び見付けたのは「和谷ーー」という叫び声だった。どこにいてもすぐにヒカルの声だと脳神経が過敏な反応をし身体もそれに倣う。 ホルターネックの服はヒカルの肩とその背中を晒し、ペチコートで膨らんだミニスカートからは白い足が惜し気もなく晒されている。 一瞬何かで頭を殴られたようなショックを覚えたが、それでも会場を出ていく二人を追い掛けることは出来た。 後は先程の通りで、和谷とヒカルのキスはすんでの所で回避されたのだった。 「意外と似合うんだね」 ヒカルに回した手を離すと、正面から向き合いその姿をまじまじと見据えた。薄くほどこされた化粧のせいなのか、そのピンクに染まった唇を含め無性に艶かしい。 そんな自分の考えを振り払うように塔矢は頭を振る。 「誉められても嬉しくねーよ、バカ」 愛らしいとも言える唇から発っせられる言葉はいつもの進藤ヒカル。それなのに彼のその姿から目を離せない。 「けど、本当に。びっくりしている」 ごくりと喉がなって、自分自身が驚いた。目の前に居るのは男の進藤ヒカルだというのにこの胸の高鳴はまるで……。 神の啓示とはこの事だろう。塔矢はその瞬間ヒカルをどう思っているか認識した。 『これは恋愛感情だ』 何時だって、心は正直に動いていたというのに、頭ではまったく理解できていなかったこの感情。 碁の事を考える時、いつも彼の事を考えていた。彼の棋譜……、彼の言動、彼の姿。 こんなにも彼の事だけを思っていたのに、どうして気が付かなかったのだろう。しかし気が付けば、なんと世界は輝いて見えることだろうか。 何か言いたげに自分を見つめるヒカルの姿。その姿を見ているだけで胸の中が熱くなる。だが気が付いてしまったら、この想いをどこに持っていくべきかと塔矢を悩ませる。 そして導き出したひとつの結論。 『進藤には知られたくない』 知られればきっと彼に避けられてしまうのは必至であろうし、それだけは耐えられない。常識的に考えても、想いを隠し続ける事の方がメリットが高い。 『早速失恋したという訳か……』 それでも塔矢は幸せだと思った。 この想いに気付く事が出来て良かったと……。 目の前に立つ塔矢を見ながらヒカルも頭を悩ませていた。 じっと自分を見つめる塔矢。その瞳はいつもの真剣な眼差しとは少し違うような気がしたからだ。 『あっ、そうか。この格好か……』 塔矢の目にはなんと滑稽に映っていることであろうか。意外と似合うという言葉であったがそれを信じるほど常識外れではないと思う。 それこそ自分より塔矢の方がキレイだし余程似合うことだろう……。 そんな自分の考えでヒカルは思い出す。 『身代わり探してたんだ……』 思い立ったら行動は早い。ヒカルは素早くアキラの左腕と己れの右腕を組んだ。 「ちょっと塔矢付き合えよ」 強引にアキラの腕をひっぱって歩く。勿論目的地は例の場所だ。塔矢を差し出して自分の服を返してもらうのだ。塔矢には悪い気がするが、きっと自分よりも似合うことであろう。 一方、塔矢はヒカルに腕を取られ、その至近距離に心の中は平静では居られなかった。 廊下をどんどん突き進み、人気が無くなるにつれ、淡い期待に更に心臓が早鐘を打つ。 『まさか……進藤も?……』 想像どおりだとすると話は早い。このまま物語はハッピーエンドに向かうだけなのだから。 塔矢の中で幸せ一杯の二人の姿が浮かぶ。 「どこへ行く気だい?」 上擦る声の塔矢をヒカルは無理に引っ張りながら、例の場所の扉の前に立つ。 「後でなんでも言う事聞くから! 悪ぃっ! 塔矢」 そう言うと扉を開けて、塔矢を引きずり込んだ。 「きゃーーーーー!」 一瞬にしてその部屋の温度が沸点に達したように沸き立った。囲碁界のプリンス登場に女性陣が放っておくはずもなく、まるでバーゲンのワゴンに集るように塔矢を取り囲んだ。 自分が考えていた事とは全く違う展開に塔矢は抵抗する意志を磨耗させた。というよりもヒカルも自分の事を想ってるのではないかと期待した、自分の浅はかな考えを恥じるので精一杯だったのだろう。 そんな中で不幸中の幸いはヒカルの着替えを生で見れたことだけであろうか……。 しかし、そそくさと着替えて出ていく彼を見送りながら、目に焼き付いてしまったシーンに身体が反応するのを押さえるのに、塔矢は必死にならざるを得なかったのであった。 見事な振り袖姿になった塔矢を見付けて、流石のヒカルも申し訳なさそうに近付く。そしてヒカルが謝ろうと口を開く前に塔矢が口を挟んだ。 「いいよ、もう。その代わり今度一日僕の為に日を空けてくれないか?」 塔矢は思う。これで借りを作った進藤は絶対に断れないだろう。 可愛さ余って……というべきか? どう報復してやろうか……。そう考えると今の姿も楽しいものなのであった。 |