その春。
若手だけの受賞パーティーの打ち上げが二次会会場を設けられて行なわれていた。
今年も最多勝を取った者がいれば、取り立てて目立った活躍をしなかった者もいるのだが、それは単に30才以下の棋士達の交流という隠れた名目のあるパーティーだからこそであろう。
積極的な意見も酒が入り、何時の間にか愚痴にも近くなった。どこからか奇声も発っせられる。
塔矢は未成年というのもあり、他の者のように酒を嗜むような事は無い。ただ進藤ヒカルを見たいが為にその場にとどまっていた。
芦原達と話しているのは楽しい。自分が初段や二段になった頃の若手も声を掛けてくれるしまた女流棋士でも魅力的な者もいた。
だがそんな誰と話をするよりも進藤と話をしたかった。彼が和谷や院生時代の仲間と話しているのを見るにつけ、どうして自分といる時より楽しそうに笑うのだろうと思わずに居られないのだ。
そして囲碁以外に話す事が無いことに塔矢は溜め息をついた。彼は院生時代に楽しい青春と呼べるものがあったのだろう。
自分との間には何もないというのに……。
ただ囲碁があるだけだ。なのに囲碁だけでは何故満足できず、どうして進藤の事を考えてしまうのだろうか。
そんな事を考えているうちに、何時の間にか進藤が一人になっているのに気が付いた。
声を掛けようかどうしようかと迷うが身体は先に動く。身体は正直だというのはどうやら本当らしい。
「やぁ進藤」
ごくさり気なく声を掛けたつもりだが、いつもの二割り増しで声が上擦っていた。気付かれただろうかとヒカルを観察したが、そのヒカルからは何とも陽気な声が返ってきた。
「とーやじゃねーかぁ」
やや呂律の回り切らない彼からはアルコールの匂いがする。泥酔とはいかないがかなりご機嫌らしい。
ピンクに染まった頬や潤んだ瞳はなんとも扇情的で、そんな考えに至った自分に塔矢は少なからず動揺していた。
「君、飲んでるんだ?」
塔矢が言外に君は未成年だろう?と含ませるように詰問すると、ヒカルは塔矢に対しにっこりと笑うと得意げにカップを突き付けた。
「飲んでねーよぉ、ほらオレンジジュースだもんよ」
俗に言うカクテルなんかじゃないかと塔矢は取り上げたカップからの匂いで推測する。
誰かに騙されたのだろうか?
だとしたらなんとも彼らしい。
「こっちの方がおいしいと思うよ」
そう言って、百パーセントのグレープフルーツジュースを手渡した。
『何をやっているんだろう僕は……』
「ホントーだぁ、おーいしー。さんきゅ、とーやぁ」
そう言い残し、会話の糸口すら掴ませずヒカルは会場の扉のむこうへと歩いていってしまった。茫然と見送るだけの自分が腑甲斐ない。
「おっ進藤良いとこで見付けたぞ」
多分和谷と思われる声が会場外の廊下から聞こえてくる。どうやら進藤を捕まえたらしく彼と進藤の笑い声が否がおうにも耳に入り、それから逃げるように塔矢は背を向けた。
「なんだってんだよ、和谷! その格好」
ヒカルは和谷の姿を見るなり吹き出すように笑っていた。あまりの事に酔いも覚め気味である。
「進藤! 俺を助けると思ってついてこい、いや来てくれ」
悲痛な叫びの和谷の姿は真っ赤なチャイナドレス姿で、同じ色合のルージュがなんとも滑稽である。ずかずかとヒカルの手を引きながら大股で歩く姿からはとてもエレガントとは言い難い。
さっきまでのヒカル高揚した気分が不安へとすりかわる。
「えっ? 何? 和谷ってばどうしてそんな格好してんだよ?」
先程までは普通の格好をしていたが、途中奈瀬が和谷を連れ出し……。そしてこの姿だ。和谷に一体何が起こり、そしてこれから何が起こるのか。
そんなヒカルの心配を余所に和谷は廊下の階段を上がり、別の会場らしき部屋の扉を開ける。
喧騒……と言う二文字のその場所にヒカルは圧倒される。
「おい、お前等。身代わり連れてきたから俺の服返せよ!」
「きゃー!!」
和谷の言葉に、女性達の黄色い歓声が上がる。見渡すとその部屋は衣裳部屋かとも思えるような大量の服とそして白粉の匂い。さらには和谷と同じく似合わない服を寄ってたかって着替えさせられている数名の男性……。
一体ここでは何が起こっているのか、ヒカルのアルコールに侵略されつつあった思考能力では認識できない。
「きゃーって?」
戸惑いと疑問で動けずにいるうちに若手の女流棋士や院生の女の子達にまで囲まれてしまう。
「進藤くんよー。これよっこれ、絶対似合うから」
あちらこちらから手が伸びてヒカルの服を脱がせて、そしてその代わりに別の衣裳へと着替えさせられる。
なんといっても相手は女性だし、大勢いることもあって抵抗らしい抵抗が出来ないまま和谷と同じように口紅まで付けられてしまっていた。
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