君はPretty Woman




 決して知られてはならない。知られたならば惨めな思いをするだけだ。
 おまけに俺が女だという事を誰が信じる?

 さらに恋をしてるだなんて自分でも信じられなかった……。



 コードネームは刹那・F・セイエイ。外見は完全に男だが生物学上では女で、勿論それもSクラスでの秘匿事項だ。知るのはごく一部の限られた人間だけ。
 その俺が同じマイスターのロックオンに恋をしただなんて緊張感のない話だ。
 ロックオンにとってもいい迷惑だろう。
 その端正な横顔を見つめつつ俺はため息をもらす。


 そして。
 トレミー内のクルーの意思統一を図るためと知識の共有を目的として行われるミーティングが終わる。
 十分な教育を受けた事のない自分にとっては新しい知識を得る貴重な時間だ。
 なのに視線がロックオンに固定されたまま動かせなかった。
 マイスターの中でも一番の年長で何事もそつなくこなすロックオンに恋をしたのはいつからだろう。
 過去の記憶を辿るうちに彼が視線に気付き、
「俺に惚れるなよ」
 なんてウインクをしたものだから心臓が無駄に動きを早める。
「っ!」
 もうあんたに心奪われてると思いつつ視線を逸らす。
 あんたにとって俺は守備範囲外だって解っているのに諦められないなんて……。
 惨めだ。
 自分の手を見れば解る。彼女達のように柔らかさのない手は銃をナイフを操るもの。血の色に染まった手。
 身体もそうだ。栄養失調の状態は抜けだせてもいまだに丸みは皆無だ。
 課したトレーニングで、気をつけていても体重が落ちる。体脂肪は数%台で、あの豊かな脂肪の固まりはこの胸にはない。
 じっとスメラギの胸に視線を固定していたのがバレてロックオンが肘で小突いてきた。
「ミス・スメラギのはいつ見てもすごいな」
 眼福と呟くロックオン。
 胸の奥が痛い。どうせ無い胸ならこんな痛みも感じなけれいいのに。
「あーいうのが好きか?」
 元から低く装っている声が一段と低くなる。
「そりゃ男だしな、あんな胸に顔を埋めてみたいね」
 スメラギの胸に顔を寄せるロックオンが浮かんで悲しくなった。曰く、胸は癒しの象徴で、その彼が欲する胸は自分にない。
 やんわりと拒絶されているのかとさえ思えてしまう。
「刹那は?」
「クリスティナ」
 ぐらいの体型だったら悩まない。風船のような胸はどんな手触りなのか。自分の胸に手を当てても弾力は無く自己嫌悪に陥るのに十分過ぎた。
 そんな俺の言葉にロックオンはどこか嬉しそうだ。
「そうかそうか、いや興味ないのかと思ってたぜ」
 青少年には刺激的だよな。なんて兄貴風を吹かせるロックオンを腹立たしく思い俺は立ち上がる。
 俺が女だと気付く様子のないロックオン。俺の恋は前途多難どころか頓挫しているのだと改めて認識して。
 もしロックオンが同性愛者なら目に止まるかもしれないがそうなると本末転倒だ。
 自分から女だと打ち明けたとしても哀れみの目で見られるに違いない。もしくはおかしくなったと思われるだろう。
 だから絶対に知られるつもりはなかった。
 いつかロックオンが大きな胸の女を連れて歩いていても俺は仲間として冷静に対応するのだ。
 振り返った視線の先でロックオンとフェルトがハロを挟んで談笑している。まるでそれは赤子を抱く両親の姿に見えた。
 俺には似合わないと咄嗟に駆け出して。
 絶対に知られるものかと、俺は涙を拭うのだった。


 そんな刹那の決意を他所に、ロックオンがその秘密を知るのはもう少し先の事となる。







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