MOON & SUN 1




 この場末の酒場を指定してきた情報屋。腕利きと名高い『刹那』の情報料は決して安くはない。しかしそれに見合うだけの情報は手に入ると仲間内の噂だった。
 まだやっと夕方と言える時間。長くなった陽は完全に落ちてはいない。
 ウインナーと黒ビールは好みじゃないが、店の雰囲気はそこそこ良い。
 裏の世界で有名な刹那だったが、どんな奴かまでは口に上らない。皆、意味深に口を閉ざすのはそれだけの恐怖を覚えさせるのか、もしくはカリスマ性があるのか。
 どちらにしろどんな屈強な男が現れるのだろうかとロックオンは半分楽しみだった。
 周囲に気を配りながら、ロックオンは目の前のビールに口をつける。喉を潤す苦味も残り半分の緊張で美味くは感じられない。
 あの眼鏡をかけた神経質そうな男か、それともあのスーツを着たビジネスマンか。
 ロックオンは仕事の依頼を反芻する。
 某大企業の秘密を知って大金を巻き上げようとしている小物の始末。なんと陳腐な仕事だろうか。こんな仕事は1日でカタをつけて暫くバカンスと洒落込もうと気楽に引き受けた。
 しかし、仕事を引き受けてから一週間と意外に手間取っていてロックオンを苛つかせていた。
 あのハゲデブめ、とロックオンはもうすっかり覚えてしまったターゲットの顔を思い出す。
 こんな顔は一刻でも早く忘れたいのに、体型のわりに神経質でずる賢いのか、居場所を何ヵ所も転々としているうえにそれを特定されないようにしているのだ。
 ロックオンが懇意にしている情報屋もお手上げだと、プライドを曲げて刹那へと連絡が取れるように根回ししてくれたのだ。
 某企業からの報酬が良かった事と、情報屋のリヒティが根を上げなければ、刹那を使おうなんて思いもしないだろう。それだけバカ高い情報料など払えないということだ。
 ロックオンが2杯めを空けた時だった。
 近付いてきたのは若い男。むしろ子供に近いのかもしれないとテーブル脇でこちらを見下ろす彼を見返す。
「あんたロックオン・ストラトスだな」
 疑問より確認に近い響きがあった。
「俺が刹那だ」
「の、代理か何かか? こんな子供が?」
 あまりにも若い。凄腕との噂の刹那がこんな子供のはずがないではないか。
「好きに思っておけ。これがヤツの明日の夜の居場所だ。21時に女が来る手筈になっている」
 なるほどあのハゲ、かなりの好き者らしい。おそらく女はホテトルだろうがまぁまぁの情報だ。

 しかし、なんて印象的な子供だろうか。14才?15才?可愛いと言うだけでは物足りない。
 顔立ちは少女にも見えなくないが眼光の鋭さはただ者じゃない。
 だが全体的に華奢なのだ。手首も細ければ首も腰も。抱き締めれば折れそうだ。
 本当にこの子供が情報屋の刹那だろうか?
 まさかな。とロックオンは一人納得する
 買い取るネタが本物であれば構わない。巷で有名な刹那がこんな子供を使っていようと。
「情報料はまず1割。あとは成功時に」
 ロックオンが慣習より値切って交渉を始めると少年は形の良い眉を寄せた。
「5割だ。俺の情報料は安くない」
 それ以下なら決裂だと言わんばかりの少年にロックオンは手を上げて降参の意を伝えた。
 さすが刹那だ。それだけ自信があるのだろう。
 この世界は信用で成り立っている。ガセだったり、払いが悪かったりすると一流からは相手にされなくなるのだ。
 反対に確実な情報はそれだけ貴重であり自然と値もつり上がる。元から刹那の情報料も桁外れだったが、しかし5割とは。余程の自信の現れか。
「OK、刹那を信じんぜ」
 前金を払いロックオンは祝杯を上げた。
「どうだ、一緒に飲まないか?」
 そろそろ日が暮れる。こんな子供相手に酒を飲まなくても、カウンターで興味なさげに座っている女の視線は雄弁にこちらに誘いを掛けようとしているではないか。
 しかし目の前の少年に興味を覚えてしまったのだから仕方ない。
 ロックオン自身、男でも女でも気まぐれにSEXの相手としてきたが、流石にこんな子供を相手にしたことはなかった。
「ミルクなら奢るぜ」
 お子様にはピッタリだと揶揄すれば、少年はロックオンの飲んでいたビールを奪い一気に飲み干したのだ。
「俺は子供じゃない」
 ムキになるところが子供なんだと、ロックオンが苦笑しているうちに少年は踵を返し店を出て行った。
 こんな早い時間に、度数の高い酒を飲むのも気が引けたが、ロックオンは少年との出会いに祝いたい気分だった。


 
 だがしかし。
 翌日の21時、刹那の情報で指定されたその部屋にターゲットの男は現れなかったのである。
 一流との噂の刹那のミスに、仕事が失敗したにもかかわらずロックオンは笑いたい気分だった。
 この償いをあの少年に払ってもらっても良いかと思いつつ、ロックオンは情報屋の刹那に連絡を入れたのだった。








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