真夜中の人魚姫 5




 ぎこちない空気。こんな中、ミッションで刹那の潜伏先に滞在だなんて拷問だろうか。
 会話らしい会話もなく、時間だけが過ぎる。あまりにも手持ち無沙汰で、ついうたた寝をしていると、またあの女が目の前に現れた。
 これは夢か?
 今度は下着姿だがロックオンが知るような成熟した女が着るものとはかけ離れている。
 体型に比べ色気のないシンプルな白い下着。この身体ならもっとセクシーなものでも良いのにとさえ思ってしまうほどの体型だ。
 って、ここは刹那の部屋のはずだ。この女は誰だ?
 慌てて起き上がるが、そこにいるのはニュースを見ている刹那だけ。
 時計を見るとかなりの時間うたた寝していたらしい。おそらく今の下着姿の女は夢なのだろう。
 変な夢だ。
 身体ばかりに意識がいって顔はよく見ていなかったが、どうも刹那に似ていた気がする。
 もしかして欲求不満なのだろうか。さすがに刹那を襲うってオチは勘弁だ。
 そっと横顔を盗み見る。本人が女装したくなるのも解るぐらい可愛い顔はしている。
 寝起きですら無精髭もないまだ子供の顔。洗面所にカミソリもなかったんじゃないか。きっと下も生えはじめたばかりだろう。
 刹那はまだ子供なのだ。
 泥酔した自分を親切にも泊めてくれたうえに着替えまで用意してくれた刹那。
 子供に気を使わせたうえに彼の趣味に嫌悪感を抱いて空気を悪くするなんて。自分らしくない。
 そうだ、刹那はまだまだ子供なんだ。そのうちに成長すれば女装趣味もなくなるだろう。正しい道に導いてやれば良いのだ。
「なー刹那ぁ。腹減ったろ?ピザでも頼もうぜ」
 いつものように話しかければビクリと肩を震わせた刹那が頷く。
 うん、俺達、元通りうまくやってけるさ。
 そう思っていたのに、ぶち壊す存在がいたのだ。

「セイエイさんのお友達?」
「その荷物。あー解った!貴方、刹那の彼氏でしょ?ちょうど良かった〜」
 まだハイスクールのお子様に声を掛けられたのは、買い出しから帰ってきてドアを開けようとした瞬間だった。
 隣に住むという少年からダブルデートを提案されたのだ。
『テーマパークのプレミアムチケットなんです。一緒にいくはずのカップルが別れちゃって』
 こちらが了承するまで延々と誘う少女に根負けして縦に首を振る。
 それにしても俺が刹那の彼氏だって? ひどい誤解だ。いっそ名誉毀損で訴えてやりたい。
 おまけに刹那を女と思っているのか? ありえない。ありえなさすぎる。
 こんな目に合うのも刹那が女装しているのが悪いのだ。
 きっとあの格好で周辺をうろついているのだろう。本当に困ったものだ。



 気まずいとさすがの自分も思わざるを得ない。
 ミッションでなければロックオンもここには来なかっただろう。
 落ち着かない様子の彼。きっと先日のあの格好にまだ拘っているのか。
 どうせ女だとは気付いてはないだろうから、変わった趣味の仲間を扱いづらいと思っているに違いない。
 ピザのデリバリーを頼んだ夜からはいつものロックオンに戻った気がしたのだが、買い出しから帰ってから機嫌がよくなさそうだった。玄関先で話し声が聞こえたがそれが原因かもしれない。
「何かあったか?」
「あぁ、あったさ。隣のカップルからダブルデートしないか誘われたんだ」
 隣人の沙慈の彼女であるルイスは自分が女だと知る人物だからダブルデートの誘いもあり得ないものではない。
 だがロックオンはからかわれたとでも思っているのだろう。
「いやならお前が断れ」
 ロックオンが受けた誘いだ。気乗りしないならその場で断ればいいんだ。自分にはあんなにもはっきり似合わないと言ったくせに。
「俺、女の子に弱いんだよなぁ」
 気のせいか少しにやけた顔だ。もしかしてそれはルイスの願いだから?
 扱いの違いがあまりにも歴然で腹が立った。
 女性を尊重するという文化は素晴らしいが目の前にいる女に気付かないとはどういう了見だ?

 ふと思い付いた意趣返し。

 その結果をよく考えもしないで実行に移してしまっていた。
 気まずい夕飯の後。先に浴びたシャワー。そして用意しなかったタオル。
「ロックオン、タオルとってくれ」
 全裸のまま、リビングにいるはずのロックオンを呼ぶ。
 近くにいなければそれでいいと思わないこともなかったが、想定どおりロックオンは近くにいた。
「タオル? ちょっと待ってろ」
 風呂場へとタオルを持ってきたロックオンと待ち構える自分。その時のロックオンの顔は本当に見ものだった。
「刹那! お前っ、その身体!」
 慌てて顔を背けたロックオンからタオルを受け取ろうと手を伸ばす。
「なんだ? 女の裸が珍しいのか? その年で哀れだな」
 くすりと笑いを漏らすとロックオンの頬に赤みが走った。おそらく今の言葉に怒りを覚えたのだろう。
 ざまぁみろ。驚いたか!
 自分の目がいかに節穴か思い知るといい。
 ロックオンの反応に胸がすく思いを味わいながらも、想像以上にロックオンの怒りを買っていた事には気付かなかった。

「刹那!」

 その声音に身体が震えた。




当初の予定よりちょっと伸びちゃいました。もう少しお付き合いください。



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