真夜中の人魚姫 4




 世間には一宿の恩義というものがある。今度美味いものでも食べに行こうだなんて約束もしたし、あの偏食家の刹那に美味いものでも食べさせてやろうと、ロックオンは日本へ急ぐ。
 焼き肉、天ぷら、寿司、さて刹那にはどれが良いだろう。日本食はヘルシーだから刹那の健康にもぴったりだ。食育なんて言葉はもう死語になって久しいが、刹那にはそう言った基本が欠落していると常々思っている。だからアイツはあんなに小柄なんだとロックオンは年下の仲間を思う。
 日本にある刹那の潜伏先はごく普通の民間の賃貸だ。もちろんスポンサー出資の物件である。
 その呼び鈴を鳴らすがいくら待っても刹那が出てこない。普通なら諦めるところだろうが、刹那がここにいるのは解っているから不審に思ったのだ。
 端末で呼び出しても応答は無い。
「ハロ、刹那の生体反応があるか確認してくれ」
 大人しく抱かれていたハロの刹那の生体反応をとらえ、まるで犬のようにパタパタと周囲を飛ぶ。
「セツナ・ナカ。セツナ・ナカ」
 中にいるのに出てこない、呼び出しにも応じないとはどういうことか。
「頼んだぜ、ハロ」
 セキュリティーを切って強制解除をするように指示を出すと、程なくしてガチャリと扉が音を立てた。
「入ってくるなっ!」
 刹那の逼迫した声に慌てて部屋に入る。
 やはり部屋にいたのだ。だが出てこなかったのだから何かあったに違いない。
 強盗、急病などの可能性が頭を掠める。
「大丈夫か! 刹那! 」
 強盗でも急病でもなく、刹那はそこに立っていた。
 だが、それはいつもの刹那ではなく、女物の服を来た刹那が立っていたのだ。
「何故強制解除までして入ってきた!」
 顔を真っ赤にして怒る刹那にまさかそんな趣味があるとは思わずロックオンは言葉を失った。
 謝罪すべきなのに……。勝手に入った事を謝罪すべきなのに言葉が出てこなかった。
「…せめて応答してくれたら入らなかったさ」
 居留守を使いたかった刹那の気持ちも解る。こんな恰好をしていたのだ。誰にだって知られたくなかったに違いない。
 偏見はないつもりだったがショックが大きい。なんと言うべきか…。
「…似合わないな」
 こちらもパニックから素直な感想が口をついて出る。
 刹那は小柄だから体型的にどうこうじゃなくて、柄が似合わない。それも致命的だ。刹那ならもっと似合うのがあるんじゃないかという言葉はさすがに飲み込んだ。これ以
上、女装趣味が増長しては刹那自身が不幸になるからだ。
 


 似合わないだって?
「言いたい事はそれだけか?」
 恥ずかしさで声が震えた。やはりこんな女らしい格好なんてしなければ良かった。
 ロックオンの呼び出しに応答しなかったのは、この姿を見たロックオンがどんな反応をするか見てみたいと心が揺らいだからだ。
 まさか全否定されるなんて思いもしなかった。
 確かに普段着なら男であるとして誰も疑わない。今さらこんな格好を見てもロックオンは女装しているとしか思っていないのだろう。
 惨めだ。ひどく惨めな気分だ。
 こんな花柄が似合うほどの容姿なら、あの戦場では生き残れなかっただろうが、それでも自分も女に違いはない。ずっと隠してきた、これからも隠すつもりだったのに。
 まさかロックオンに見つかるとは……。
 ほんの少し袖を通したかっただけなのに。
 ハロにロックを解除させるなんて信じられなかった。仮に女だと認識されていたら、勝手に入ってくるなんて絶対にありえなかっただろう。



 空気が重い。
「あー、何て言うか。人の趣味にとやかくは言わねーからせめて応答しろよ」
 小さく了解したと聞こえてきてロックオンはほっと胸を撫で下ろす。
 しかし刹那に女装趣味があるとはまったくもって予測不可能だった。白地にピンクの花柄のワンピースだなんて黄色人種の刹那には似合わなかったが、女装だけをとらまえれば、まあ似合わない事もないし、自分自身偏見はない。つもりだった。
 だが身近な者の秘密に、見なかったふりをするとかお世辞を言うとかの大人の対処が出来なくて、どうしてもぎくしゃくしてしまうのを二人は避けられなくなっていった。








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