真夜中の人魚姫 3
朝日ではない柔らかな光をやっと認識してロックオンは目を覚ます。 「ここは…」 気だるい身体を起こすと見慣れない部屋だった。 正確には見た事はあるのだが咄嗟に思い出せなかっただけだ。 自分の部屋ではないなら誰の部屋か。記憶を辿る。 昨夜、トレミーの成人組で飲んでいて…、そこからの記憶が欠落していてロックオンは頭を抱えた。 「ったく俺とした事が」 飲んで酔っ払い、潜伏地のあるAEU領内へ戻れなかったのは確かだ。しかし、あれだけの酒量で信じられない失態だった。よほど度数が高かったのか。 酔ってどこかの女のところかと思ったがそうでもなさそうだ。ここは女の住む部屋とは感じられない。 よくよく見ればここは刹那の部屋だと思い出す。一度来た事があるだけだが何もない部屋だと記憶している。 しかしその部屋の主は居ない。気配がないのだ。 そもそもどうして自分がここにいるのか。そして意識を失う前に見た女は酒が見せた幻なのか。 そう言えば刹那は? これは刹那のベッドで時間は昼を過ぎている。 何故刹那の部屋なのかという疑問も思い出した喉の乾きに後回しにする事にした。 ロックオンがキッチンにある備え付けの冷蔵庫を開けるがそこには何もない。 「おいおい、こりゃねーぞ」 せめて何か食べ物をと思ったが水すらない。日本の水道水は安全だと聞いた事があったがどうなのだろう。暫し考え込んでいるとロックオンの背後で声がした。 「部屋を提供したんだ。飯まで期待するな」 荷物を持った刹那がミネラルウォーターをロックオンに投げて渡すと、空の冷蔵庫に栄養補助食品を詰め込んでいく。 「刹那は? 昨夜どこに」この住処で機能しているのはロックオンが占領したあの部屋だけで、ベッドもロックオンが占領したはずだ。 申し訳なさに問うと刹那は気にすらしていないのか、ロックオンに背を向けたままだ。 「出掛けていたが、男一人なんとでもなる。気にするな、いつか借りは返してもらう」 刹那なりの気遣いを知ってロックオンは苦笑した。 よし今度美味い飯でも食いに行こう、そう約束してロックオンは風呂を借りる事にした。 荷物の山のうち女物の店らしい紙袋に気付かずロックオンはシャワーを浴びに消える。 さっぱりさせて脱衣場に出ると真新しい着替えが置かれてあって、刹那にそんな気遣いが出来るのかと感心した。 すでにキッチンにあった荷物は片付けられており、ロックオンは紙袋に入っていた刹那の服の存在には一切気が付かなかったのである。 無事にロックオンを送り出して刹那はほっと胸を撫で下ろしていた。 彼には何も気付かれなかった、失敗はないはずだ。 昨夜、どうやってきたのか、すでに酔っていたロックオン。 スメラギからの連絡があって暫くしてロックオンがやってきたのだ。 AEU領内に行く便を乗り間違えたのだと言う。最終便が終わっているし、第一酔った男を支えて運ぶには女の身では力が足りない。 またこの男がここまで酔う事に危険を感じた。 好きな男でなければ放置したかもしれない。 同じマイスターだからと言い訳し、ベッドを明け渡し着替えまで用意したのを不審に思わなければ良いが。 あんな服を買ったのもロックオンのせいだと自覚はある。ロックオンによく見てもらいたいだなんて、まさか自分がそんな事を考える日が来ようとは。こんな自分に恋なんて出来るはずもないのに。 鏡を見るととても女には見えない鍛えた身体が映っている。 「馬鹿げている」 耳に入る声は男のように低い。 こんな声でロックオンの名を呼んでも女のように誘う色香はない。 自ら女である事を捨てたのだから今さら女に戻れるはずがないのだ。 この胸の痛みも感じてはならない痛みだと、刹那は自身に言い聞かすのだった……。 |