真夜中の人魚姫 2




 眠れば悪夢が襲い刹那の精神を削るかのように奪い、それはまるで過去を忘れるなと警告を発しているかのようだ。
 目が覚めるまで刹那は爆撃の中、硝煙の匂いに苛まれる。


 戦況は日々悪化していく。血走った眼で不信心者を呪う言葉を吐く大人達。
 薄汚れた顔で一縷の望みすら失ったと薬に逃げる。子供を最前線へ出す歩兵と考え小型化の進んだ武器を背負わせた。そんな人を人とは思わない態度の大人達。
 女である事はもっと悲惨で、辱しめを受ける事を是とせず10才で声を潰した。
 神のために戦うためにも、少なくとも男である方が良かったのだ。

 決して紛争を支援する訳ではない、人道的な見地から不足する食料や日常品を援助する団体。その影で銃や弾薬などが運ばれているとは夢にも思わないだろう。
 国連を通じてユニオンの経済特区から古着が届いた日。古着とは言えども破れてもなければ汚れすらないまだまだ綺麗な服に歓声が上がる。
 ここでなら、小さくなった服は下の者に譲られる。少なくとも見ず知らずではない。最後は継ぎだらけで修復すら出来なくなるぐらいまで着られる。
 戦争のない国。平和な国があるなんて信じられなかった。ピンクの可愛い花柄でひらひらとしたスカートに女の子達の顔が輝く。
 どうせ一番の年長者でサーシェス隊長のお気に入りの女が持っていくのだろう。周囲から感嘆の溜め息が漏れる。
 実用的でないそれを日常で着る事が出来る世界がある事が驚きだった。
 いつか神が約束の地に降り立ち、下僕たる自分達を救済してくれる日が来て、いつか自分達も華やかな衣服を身に纏えるのだと信じて疑わなかったあの頃。
 次第に減っていく仲間に神がいない事を知り、最後に残ったのは絶望感だけ。
 神が平和を与えてくれないなら自分でもぎ取るだけだと決意するのに迷いはなかった。
 CBに入ったのも選ばれたからじゃない。自らの意思だ。ガンダムマイスターになるのに戸惑いはなかった。



 ユニオンの経済特区、日本の首都東京。
 潜伏地にしたのは、この土地柄でどの国より人の交流が盛んだからだろう。
 ユニオン内だけでなくAEUや人革連とも貿易が盛んなのは輸出入免税国際措置法があるからで、その分出入国手続きも簡素化されている。
 しかし平和過ぎて街を歩いていても気分が悪くなる。クルジスのようにいつ爆撃されるか解らないのに、緊張感のない甘やかされた幻の世界。
 潜伏するために、この街の人間と同じ姿ような格好が必要かとさすがの刹那も考える。
 民族色の強い服は避けた方が良いと、とりあえずターバンはスカーフのように纏っていた。
 クルジスの人間どころかアザディスタンの人間も経済的理由でほとんど国内から出ないので、民族衣装でもあまり気にもされないのが幸いだった。
 このままでも良いと理解していたのに、刹那は視界に入った衣服に目を奪われた。
 ウインドウショッピングをしているつもりではなかったが、昔見たのと似通ったピンクの花柄に目が止まってしまったのだ。
 昔は着れなかった服が脳裏に浮かび、思わず買ってしまっていた。
 白地にピンクの花柄でスカートではなくワンピースになっている。これを着て街を歩くとはとても思えないが、幼かった頃の自分のために買ったようなものだと納得させた。
 今はサポート力の高い下着で胸を潰しているし、低い声が声変わりした成人男性そのもので、男である事を誰も疑わない。
 だからこんなワンピースを着る機会などないのだ。
 ……それで良い。
 あの頃から引き続き自分は戦い続けているのだから。

 ふと、自分以外に目に止まらなくなってしまった服だけが可哀想だと、ほんの一瞬だけ頭を掠めたのだった。







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