Heaven's Gate 〜天国の門〜 3



 平屋のこじんまりとした家。手入れの行き届いた庭には季節の花。
 ここが刹那の居所であるという情報が確かなら、およそ刹那らしくない。
 いや、世間に埋もれるためにはこれぐらいの生活感がちょうど良いのかもしれない。
 滑らかな木肌にピンクの小さな、まるでレースで作ったような花の咲いている木に不恰好なブランコ。敷地の柵のペンキもところどころ剥げている。
 普通の生活感が逆に興味を引いた。
 じっと眺めていると見上げるようにして子供が話かけてくる。
「ねぇ、おじさんは誰? ママに会いに来たの?」
 明るいブラウンの髪には緩やかな癖がある。ブルーグリーンの瞳に白い肌。
 5才ぐらいの少年は興味深げにこちらを見つめている。
 既視感に目眩がした。まるで幽霊を見たかのように背筋が寒い。この子は幻か?
「ニール! 一人で庭に出るなと言ってるだろう? どうした、客か?」
 家の中から母親らしき女の、子供に注意を促す声が聞こえる。
『ニールだって?』
 こんなところで自分の名を呼ぶ女に心当たりはない。普通に考えて目の前の子供の事を指すだろうと玄関に目を向けた。
 家の中から出てきた細身の女。8年の月日は流れていてもそこには面影があった。
 多少は高くなった背。しかし華奢な体つきも細い手足も変わらない。
「刹那、か?」
 それは疑問ではなく確信に近かった。
 記憶にある16才の少年が大人の男になるよりも、こうしてたおやかにも見える女性へと変化した過程の方が容易に想像出来、自然と思えたのだ。
 こちらを見て驚愕する姿。幼かった彼が、まさか女だったとは。
 咄嗟に言葉が出てこない。
 知っていれば8年前に想いを告げていただろう。
 気に入った女を目の前にして逃した事などなかったのに。
 男同士だからと諦めたというのに。
 ある意味、自分が正しかったと得意にもなるが、8年も無駄にした事に忸怩たる思いがした。
「ロックオン?」
 俄には信じられないだろう。死んだはずの自分が現れるなんて。
「今さら会いにきたなんて、殴られそうだな」
 殴られても良いから8年の埋め合わせがしたかった。
 しかし、刹那が女だったという事ばかりに 気を取られ足元の子供をすっかり失念していたのである。
 刹那と自分を代わる代わる見つめる子供。
 刹那が震える声で話しかけてくる。
「生きていたのか……」
 再生治療がうまくいかなかったと聞かされ、死んだとでも説明されていたのだという。
「辛うじて足はあるな。地にはついてないけど」
 ずっと生き方を決められず定職にも就かず、ただ生きてきただけ。すべて過去に捕らわれていたからに他ならない。
「その荷物……」
 刹那の視線が足元の鞄に落ちる。小さめのボストンバック。これだけがすべての持ち物。
 しかし、知り合いを訪ねるには大きすぎる荷物だった。
「世界中を見て回っているんだ」
 あながち嘘ではない。自分の落ち着ける場所が見当たらなかっただけだ。
 刹那のところに行けば、過去を吹っ切って未来を向けると思っていた。
 そして一瞬は居場所を見つけた気がしたのに。
 だが全て遅すぎたのだ。
「ニールって、あの子は刹那の子か?」
 刹那の肩がビクッと震える。ニールだなんて名付けた事を責めたと思っているのか。
「……、あまりにもそっくりだったんでそれしか思い浮かばなかった」
 5才になるところだと説明され、そんなものかと庭で蝶を追いかける子供を見る。
「結婚したのか」
 伏せ目がちに笑う刹那。子供がいるという事はそういう事だ。沈黙の肯定。
 きっと、もっと早く刹那に会いにくれば良かったのだろう。もしくは16才だった刹那に想いを告げていれば。
「良かったらお茶でも飲んでいけ。泊まるところは決めたのか」
「いや、ご主人に悪いし」
 刹那をかっさらっていった男になど会いたくない。
 嫉妬しているのを悟られたくなかった。
「気にするな、あの子と二人暮らしだ」
 つまり母子家庭という事なのか。
 8年も会わない間に何があったのだろうか。
 刹那は口にしないが最悪な事に子供の父親に心当たりがあった。
 自分の予想が正しければ父親は奴しかいない。

 何があったのか、聞く権利などないのに、細い肩を抱き寄せてお前は俺が守ってやると言いたかった。

 しかし全て遅すぎたのだ。
「いや、刹那。ちょっと寄っただけなんだ。先を急ぐし。会えて良かったよ」
 ここに自分の居場所はない。それだけははっきりとしていた。










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