Heaven's Gate 〜天国の門〜 4



 サヨナラと別れを告げているまさにその時、上着を引っ張る小さな手があった。
「もう帰っちゃうの? ママのお客なんでしょ? 僕、いい子にしてるから」
「ニール! 少し大人しくしててくれ。……その、ロックオンさえ良ければ…」
 刹那と小さなニールの視線に負けた。
「じゃあ、お茶だけでもいただこうかな」
 ほんの少しだけと自分にも言い訳して家に上がり、コーヒーをご馳走になる。
 いつの間にか食事まで出来ていて、アルコールを飲めば今からホテルを探すのも面倒になってくる。
 勧められるままに刹那と小さなニールの家に泊まる事となって、居心地の良さから3日も居座っていた。
 今日はとても天気が良く、庭では小さなニールが昆虫を捕まえようとしている。
 一宿一飯の恩義というものがあって、ロックオンは気になっていた庭の柵を修理しようと道具を運びだす。
 いつの間にか傍らでは小さなニールが真剣な眼差しで手元を見つめていた。
 白い肌に刹那の面影はない。瞳の色も、髪の色さえも。怖いぐらいに似ているのは……。
 聞いても良いのだろうか。
「なぁニール、君のパパってどんな人?」
「知らない。ママに聞くと悲しそうな顔をするし、写真もないんだ」
 僕が生まれる前からいないんだってと、段々と小さくなる声が哀れを誘う。
「ねぇ、おじさんが僕のパパ?」
 おじさんと呼ばれる年になったかと実感しつつ、そっくりなのを子供心に解るのだろうかと驚嘆した。
「いや、残念だけど。こんな良い子が俺の息子なら鼻が高いんだけどな」
 小さな頭をぽんぽんと撫でてやればニールが嬉しそうに微笑んだ。
 その時、隣接する敷地にある家の扉が開く。
「おや、ニール。あんたが刹那の客に懐くなんて珍しいじゃないか」
 隣の家から出てきた老婦人がこちらを一瞥し、ニールに話しかける。
 恰幅の良い白髪混じりの髪を後ろに一つに纏めている。口煩げな様子は口元の皺に現れていた。
「まったく刹那もあんたみたいな優男のどこがいいんだろうね」
 ジロジロとこちらに向けられる視線はまるで値踏みされるようだった。
「男の出入りは頻繁だけど刹那はいい子さ。他の男のように2ヶ月やそこらで出ていって刹那を苦しめないでやっておくれよ」
 老婦人の言葉に愕然とする。2ヶ月で男が入れ替わるなどという衝撃の事実。
 女手一つで子供を育てる様子に男の気配などなかったが、どうやら買い被りだったらしい。
 そう思うと刹那やニール、老婦人の口々に上った客という単語が気になった。
「いや、俺は古い知り合いで、そんな関係じゃ……」
 刹那とは仲間ではあっても、それ以上の関係であった事はない。
 しかし老婦人は誤解をさらに深くしていく。
「もしかして、あんたニールの父親だろう? そうだよ、なんで気付かなかったんだろうね。こんなにそっくりだもんね」
 これだけ似ていれば確かに誤解するだろうが、誓って刹那にはそういう意味で指一本触れた事はない。
 あの時に無理矢理にでも押し倒していれば良かったのに、理性的だった自分を褒めれば良いのか罵倒すれば良いのか……。
「いや、俺は……」
 色々と言い訳が浮かぶ。
 何しろ8年も刹那に会っていないし、第一に刹那を男だと思っていたのだ。
 しかし老婦人の眼差しはニールの父親を見るそれであったのだ。
 そして小さなニールも期待に瞳を輝かせていて、真実を知るのは自分と刹那だけかと思うとため息がもれた。
 おそらく否定の言葉は一切受け付けられないであろう。

 だがこの先、刹那しか知らない事実がロックオンを待っていたのである。





以下、本誌に続く……。



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