魚眼レンズの世界 前編



 身体の上をロックオンの長い指が滑り、刹那の官能を引き摺り出し高めていく。
 呼吸が苦しくなってくる。これ以上触れあえばきっと死んでしまうと思えるほどに。
「俺に触れるなっ!」
 今さらながらだったが刹那はロックオンの手を振り払う。そんな事は無駄でしかなかったが息苦しさから逃げたかったのだ。
「どうして? 刹那の肌はこんなにも熱いのに?」
 もう後戻りなど出来ないほど互いの身体は熱く昂っっている。
 刹那の身体は甘くとろけ、ロックオンを包みこもうと切なげに震えている。ロックオンもまた、早く刹那の内でさらなる悦楽を得ようとその血は濁流のように身体を巡っていた。
 裸の身体を合わさって、もう半分以上一つになろうと溶け合っているのに刹那はまだ正気を保った眼差しをロックオンに向けた。
「お前の方が熱い、死んでしまう」
 あぁこれは睦言なんだとロックオンは双瞼を細める。刹那の言葉に本気など入っていない。ただ受け止めきれない快楽があるだけだ。
「そうか。刹那、そんなにイイか?」
 胸の尖りを掠め、しなやかな筋肉のついた脇腹をたどり、そして臍へ踊る指先。おもむろに心臓の辺りへ唇を寄せると熱い鼓動がそこにはあった。
「ち、違う」
 魚は人間の熱い掌に包まれたなら火傷して死んでしまう。
 俺は魚だから死んでしまうんだと、刹那がロックオンに伝えようにも過ぎた快楽がそれを阻む。
 ほら酸素が足りない。呼吸が苦しい。
 しかし刹那の否定を快楽がゆえと受け止めたロックオンは、刹那の身体をさらに深く穿つ。
 刹那の身体はまるでロックオンを唯一だと言いたげに絡み付いてくるから、ロックオンも刹那の言葉など真剣に受け止めはしなかったし必要性も感じない。
 そこには恋人と熱を分け合う姿しかないはずなのに小さな魚は苦しさに酸素を欲し、身体を捩る。
 何回跳ねれば元の水中に戻れるか判らないのに、身体を包む鱗が削がれるのも厭わず。


 あぁ魚にとって人間の世界はなんと熱く苦しく歪んでいるのだろう。

 刹那はかつて鰭であったであろう手をじっとみつめ、そして溺れないようにシーツをきつく掴むのだった。






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