Arabian Night Serenade




「あーかったりなぁ」
 ロックオン・ストラトスは夕焼け色に染まる暮れ始めの空を見上げる。
 少しずつ変わる空は果実を連想されるオレンジ色に葡萄酒をぶちまけていくようだった。暫くすれば全てが闇に染まるだろう。
 暗視スコープも荷物の中に入っている。サイレンサーも常備していて、任務に忠実な自分を誉めたくなった。
 だが実際のところ、今ここにいるのはサボタージュ以外の何物でもなかったりするのだ。
「たまには、な」
 人工的に作られた庭園。まるで自生しているかのように植えられた蔓草は絶妙なバランスで影を作る。
 一歩ここから出ればそこは熱砂の地獄だが、この作られたオアシスは素知らぬ顔で命を育む。
 湧き水に模倣した噴水は透明の池を作り、作られた木々はたわわに果実を実らせ、魅せられた鳥達を誘う。木陰を渡る風も作られたもので、お誂え向きに休めるように出来ていた。百年はこの世を見てきた顔をしている老木も人為的な偽物だ。
それらすべて、新しく作られたこの国には相応しい。
 手入れの行き届いた庭、豪奢な建物は歴史的な建物を模してはいるが至って近代的だ。
 それでも先進国より若干見劣りするのはの地域で繰り広げられている長年の紛争の招いた結果なのだろうか、ここだけ見ていると豊かな国のようにさえ錯覚する。
 中東地域を統括したこのアザディスタンは6年前に旧クルジス共和国を併合して興った国だ。
 群雄割拠であった周辺を軍事力で統一した血塗られた過去がある。
 近代化を象徴するためと軍事国家としてのイメージを払拭するために長子のマリナ・イスマイールが即位したのはクルジスを併合してからだ。
 このアザディスタンは化石燃料が枯渇するまではとても豊かな国だったが環境破壊を誘発する石油の輸出が禁止され、新たなプラントも建造できない今、国力は地に落ち他国からの援助で成り立っていた。
 王制に反発もあり一枚岩とは言えないため情勢はまだまだ不安定で、即位したマリナ・イスマイールを暗殺しようという組織も多い。
 だからこそ、身辺警護として雇われているのだからと不謹慎ながらもロックオンのような立場ではありがたいと思わざるを得ない。
 スナイプの腕には自信もあるし、何より実績が証明している。裏世界でロックオンの名を知らぬ者はいないだろう。
 だからこそ、常に皇女の身辺を警護している者逹の足元には及ばないもののそれなりの報酬も得ていた。 ただそれはこの国の財政状態からは不似合いな額でもあった。
 城内警備は堅牢で不審人物が入れるはずもなく、自分がいなくとも影響はないはずなのだが皇女は過剰に暗殺を恐れているようだった。
 改革派の王室と保守派の対立。 自分が出来るとすれば皇女を守るより、暗殺者を始末するぐらいだが本当はそれを望まれているのかもしれない。勿論肝心の敵がいなければ仕事もなにもないのだが。
 それでも雇われているのは皇女にとって保険のようなものだからか。
 仕事がないなら、多少息抜きをしても良いかとロックオンが考えても仕方ないのかもしれない。しかし決して仕事を忘れた訳ではない。
 この場所が一番警備も薄く、もし自分ならどこから忍び込むが考えるとここになるだけの話なのだ
 まるでオアシスのようなこの場所をロックオンは決して好きではない。だが身を隠すには適した場所だった。
 息を潜めていれば周囲に溶け込める。それはスナイパーとしての能力の一つだ。
 囀ずる鳥も、迷い込む動物もロックオンなど気には止めていない。
 静寂は特筆すべき点だと、一番星を見つめていると人の気配がした。
 息を潜め足音を消し、物陰を探すように周囲を見渡したかと思うと足早に後ろを振り返りつつ走る。
 小柄な女だ。ハレムの女か、バルーンパンツはやや透けたデザインで微かに膨らむ胸がある。細いウエストだが腰のラインから見ると女というよりも子供だ。
 小麦色の肌はもう少し暮れれば夕闇に溶けそうでもある。顔を隠しているが大きな目が印象的で整った面立ちを連想させた。
 王宮へ忍び込む不審人物ではない。むしろ王宮から出ようとしている人物。
 下働きの女が着るには不似合いな衣装。この王宮にハレムはないと聞いているが。
 とりあえず捕まえねばなるまい。こちらに向かって小走りに後ろを振り返りつつ進む少女はロックオンに気付かなかったらしい。
 腕の中に捕らえるのは容易であった。
「こんな時間にどこへ行こうってんだ?お嬢ちゃん」
「っ!」
 もうすぐ砂漠は氷点下の世界だ。
 こんな薄着で出れば凍死も免れまい。
 ロックオンはゆっくりと顔を隠している布を取り去るとそこには想像以上に愛らしい顔をした少女がいた。
 だがその視線は怯える女のものではなかった。
 つり目がちの瞳、屈服を是としない光。
「それとも、逢い引きか?」
 なら野暮な事をしたのだろうがロックオンには確信があった。
 美しい少女という第一印象だが自分の腕の中で隙あらば逃げ出そうと狙っているのは間違いなく少年だろうと。
「くそっ離せ、バカっ」
 口を開けばどんなに艶やかな格好をしていても男だと解る。
「なんだ、男か……。ったくここは王宮内だぜ、いったいどこから紛れ込んだんだ」

 腕の中の少年がびくりと肩を震わせて、ロックオンを見上げた。赤い瞳の色が印象的でロックオンは暫し目を奪われたのだった。




無料配布した準備号をお持ちの方は今後の展開もご存知でしょうが、とりあえず冒頭の加筆です。



NEXT