忙しくしようと思えば簡単だった。レストランではたくさんの仕事もあるし、新しい料理を考えているといつの間にか時間はすぎる。
トリコさんを避けようとしてある意味成功していたが、それはボクだけの努力であって、トリコさん自身を完全に避けるなどという芸当は無理な話だった。
レストランにトリコさんが来たという情報はいち早く厨房へも届けられる。これからが戦場になる厨房に戦慄が走る。
食糧庫の中身を思い出しつつ、トリコさんの胃袋を満たすだけの量を算段する。
足りずは融通の聞く仕入れ業者に連絡をするよう指示してボクは時間稼ぎとしてフロアに挨拶に出向く。
そこには白いスーツに黒の開襟襟のシャツを着たトリコさんが剣呑な雰囲気で座っていた。
こちらの顔を見てほんの少し表情を緩ませたトリコさんが思い直したように顔をしかめる。
「小松、お前の携帯繋がらねぇんだけど?」
さぁ申し開きをしてみろと言わんばかりのトリコさんに用意した言葉。
「あははは、うっかり壊しちゃいまして……。まだ買い換えてないんです」
ショップに行く時間がなくてと弁明すれば渋々と納得したようだった。
「そうか……。じゃあ買い換えたら電話しろよ」
適当に返事をして、トリコさんからの質問を打ち切って厨房に戻って。あとは想像通りの戦場だった。
料理に満足してくれたのかトリコさんはご機嫌で帰っていった。
しかし二週間後。ボクの目の前に鬼の形相をしたトリコさんが立ちはだかっていた。
「もう我慢できねぇ」
ドンと壁際に追いつめられ、トリコさんの精悍な顔が近づいてくる。
みぎゃー! キスされる!! 夢の中だけのはずのトリコさんが現れたっっ!!
ボクが頭を抱えてうずくまろうとするのをトリコさんの太い腕が阻む。
「連絡しろって言っただろ」
怒気を抑えているようだったけれど唸るようなトリコさんは普通の人でも猛獣でも失神するレベルだ。
なるほど、そっちかとボクは胸を撫で下ろす。一瞬壁に押しつけられてキスされるんじゃないかって思うなんてボクってば……。
ボクに対して求愛するトリコさんは夢の中だけ、目の前にいるトリコさんはボクが連絡しない事を怒っているだけだ。
しかしわざと連絡をしなかった罪悪感があった。
「すみません」
続く言葉は出てこなかった。
なんだか申し訳ないのは、ボクの勝手な都合でトリコさんを避けているからだ。トリコさんが出てくる夢を見たくないからとトリコさんを避けるのはナンセンスだと解っている。
「明日、休みだろ。夜からでいいからオレとつき合え」
……もしもし?トリコさん? 夜ってつまり……。「今夜は一晩中つきあってもらうぜ? 」的な展開でしょうか?
これは入念に身体洗っておいた方が……、って違うっっボクのバカッッ
顔色を青くしたり赤くしたりと様子のおかしいボクにトリコさんも訝しく思った事だろう。
少しずつ思考がおかしくなっている事にボクは戦慄した。
これじゃあまるでボクがトリコさんを好きみたいだ……。
トリコさん誕生日記念更新強化中!!!
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