醸し出す雰囲気はいつもの小松のものではなかった。落ち着き払った眼差しは本当に小松のものなのか。
いつもならトリコの一挙一動に驚き振り回されるのは小松の方だというのに。余裕顔の小松に翻弄されるのはトリコの方だ。
焦るトリコを安心させるかのように小松は頷く。
知ってはいたが、まさか小松のこんな一面を見る事になるとは思いもしなかったトリコだ。
「そうです、トリコさん……。そのままゆっくり回しながら入れてください」
小松の指示通りに、中心部へと焦ることなくゆっくりと入れていく。
割れ物を扱うかのように丁寧に、かつ優しくしないと片端から壊れてしまいそうで、力加減が意外と難しい。一気に入れてしまいたくなるがトリコは必死で耐えた。
「……はぁ……」
トリコが指示通りに上手くいれる事が出来たので、小松が安心したかのようにゆっくりと息を吐く。
その息遣いすらいつもの小松らしくなく、トリコは居心地の悪さを覚えた。
何しろトリコにしては初めての経験なのだ。小松にうまくリードされていると言っても緊張感は拭いきれない。
呆れられたのではないかと小松の表情を伺い見れば、トリコを安心させるかのようににっこりと笑みを返してくれる。
「とてもお上手ですトリコさん。とても初めてとは思えない腕前ですよ」
小松の言葉に『こんなので褒められてもうれしくねーよ』と返そうとしたのを、大人げないと思いとどまる。
どうせ自分よりもっとうまく出来る男がいたに違いなくて、そんな不満をぶちまけてしまいそうだったからだ。
「ほら、見て……。もうこんなに真ん中が膨らんできて……」
小松が満足げにソコを指さした。
「ダメだ小松、我慢出来ねぇ、入れていいか?」
「一旦止めて、少し置いてからまたゆっくりと注いでくださいね」
小松の額にも大粒の汗が浮かぶ。それだけ小松にも負担を強いているのだろうと思えばトリコは申し訳なさに眉を寄せた。
「あっダメ……。もっと……、そっと優しく、少しずつ注いでください。そんなに勢いよく入れると受け止めきれませんから……」
思わず勢いよく入れてしまったので、小松に制止されてしまったが、トリコにとって途中でやめるのはとても困難だった。
そして流石に百戦錬磨の小松にも疲れが見え始めていた。
「トリコさん、早く入れて……」
「あ、あぁ」
小松に急かされてトリコは再び中心部からゆっくりと円を描くように回し入れる。
周囲には独特の匂いが立ちこめて濃厚な香りが立ち上っていた。
「早く飲みてぇな」
思わず漏らしたトリコの言葉に小松が微笑む。
「焦らなくてもたっぷりありますよ」
ごくりとトリコの喉が鳴り……。そしてそんな様子を見ているギャラリーはとても深いため息をついた。
「……トリコ」
涼やかな声だ。しかしどこかその身と同じ毒をはらむ声音。
「さっきから聞いていれば、まったく君達は……」
「ココの言うとおりだし!!! (お)まえら、いちいちヤラシイし」
実は、ココやサニー達の目の前で繰り広げられていたのは、小松がトリコに手取り足取りコーヒーの淹れ方を伝授している場面なのであった。
ちなみに今日は新しいスイーツハウスの完成お披露目会。
甘い菓子には美味しい珈琲をという事で小松が特技を披露しつつトリコが教わっていたという次第であり、決して卑猥な場面ではない。あくまでも挽いた豆にお湯を注いでいただけであるのだが、実のところコーヒーを入れるには小松が指示したようにちょっとしたコツがあるのだ。
「なんだココも旨いコーヒー入れるのやってみたいのか?」
トリコの手には小さくすら見える専用のドリップポット。小松が選んだやや深入りの豆を挽いた粉は、先程から注がれた湯でふくよかな香りを醸し、そしてドーム型に膨らんでいる。
「ほら、トリコさん。よそ見してないで、料理は生き物です。集中しなくちゃ」
いつもはにこにことしている小松も料理の時は別人だった。
また自分が料理しているのではなく、指導しているという立場はよりいっそう小松の厳しい部分を引き出している。
「コーヒーを入れてみたいと言ったのはトリコさんですよ?」
再びトリコに対して集中してくださいという小松に、トリコは口を尖らせるのだった。
『本当は、小松にたっぷり注ぎたいんだけどなぁ』
まだ出来てない二人。小松くんの気を惹きたいトリコさんで。
ちなみにエロ注意ってのはネタ前フリでした。失礼しました〜
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