恋が終わる日




 ボクの部屋。狭い部屋をさらに狭くしているのは大型のベッドだ。そこに男二人で裸で寝ている姿は誰が見ても奇妙に違いない。
 おまけに寝ているだけではなかった。正確には交わっているなのだ。
 背後からトリコさんに貫かれるボクの口からは喘ぎ声が漏れる。
「や、トリコさんっ」
 もう痛みは感じない。それほどトリコさんに慣らされていた。
 それどころか、前立腺を刺激される喜びと快楽に溺れてしまっている。
 ぐちゅぐちゅと激しい水音。腰への圧迫感、そして耳元では獣のようなトリコさんの呻き声。
「はぁ……たまんねぇ、いいぜ、小松……」
「ト、リコっさ……あっ、んん」
 トリコさんがボクの身体で感じているという事実に、とても興奮させられる。
 けっしてボクでなくてはならないという訳ではないのに、ボクにとっては至福のひとときだった。
「小松っ、くっ」
 それまで激しかった腰の動きが止まり、身体の内側で主張するモノがどくどくと脈打つのが解る。じわりとした熱さが広がった。
 ボクの背後から退いたトリコさんが、葉巻樹に火をつける。
「普通、動植物はよ、種を残すのに交配すんだろ。雄は雌に雌は雄に。じゃあどうしてオレはお前にこんな事すんだろうなぁ」
 煙を吐き出すトリコさんの今更ながらの疑問はボクの心に棘を刺す。
「それって……」
 恋なんじゃないですか? と、聞いてみたかったけれど、聞いたら終わりな気がしてボクは聞けなかった。
「それって、単にトリコさんが性欲過多なだけですよ。見境ないってどんだけですか」
 ボクなんかにこんな事するなんて正気の沙汰じゃないです。
 そう言ってやれば、妙に納得した顔をしてみせる。
「じゃあよ、どうしてお前も抵抗しねぇの」
 正気でないと知っていて甘んじて受け入れているボクを不思議に思うのも当たり前だったが、ボクにも意見はあった。
「トリコさん相手に抵抗したって無駄ですよ。怪我したくないですからね」
 体格差考えてくださいよ。と、捕まれた腕を見せれば青く跡が残っている。 
 料理人にとって腕は聖域なのだ。実は腕に保険が掛かっているなんてトリコさんは知らないだろう。
「俺、そんなにがっついてた?」
 ベッドに押さえつけた時に出来た痣なのだろうか、まるで手枷のように跡が残っている。流石のトリコさんもマズいと思ったのだろう。
「とりあえず、正気じゃないのは解りますよ」
 ボクを前にしてよくも性欲がわくものだと客観的にも思える。
 チビだしお世辞にも整った顔はしていない。トリコさん達のように筋肉がついてる訳でもなくって貧弱すぎる身体だ。
 いわゆる負け組。正気でセックスなんて出来るはずがないとボク自身も思っている。
 しかしトリコさんはニカッと笑ってこう言ったのだ。
「だってなぁ、小松見てっと種つけとこうって思うんだよ」
 いっそ孕めばいいのに。そうすりゃ流石に満足すると思うだけどなぁ。そんな物騒な言葉を吐いたトリコさんにボクは脱力した。
「……そんな事しなくても、コンビ解消なんて言いませんから原始的な所有権誇示はやめてください」
「あぁ。まぁ、肝に据えとく」
 料理人を決めた事がトリコさんにとっては余程嬉しい事なのかもしれない。
 こんな何の取り柄もない男とセックスしてしまう程の渇望がトリコさんにあったという事だ。
 それが恋だったらボクはどれだけ幸せだったろう。
 トリコさんにとって僕はただの料理人。トリコさんにとって大切なのは僕が料理人だという事だけ。

 それで充分。ボクは幸せ。

 だってボクは恋してるから……。



     ***************



 けれども次第にボク達の関係は壊れていく。そして決定的に壊したのはボク……。
「聞いたぜ、センチュリースープの特許を申請するって」
「幻滅しましたか? 誰も理想だけでは生きていけないんですよ」
 ボクの言葉にトリコさんが獣の様なうなり声を上げた。
「テメェを殴りたいと思う日が来るとはな」
 部屋を出たトリコさんをボクは黙って見送る。その日トリコさんは帰ってこなくて……。


 そしてボクも部屋を出る。何一つ持っては出てこなかったから、トリコさんが戻ってきても気付かれはしないだろう。
 もう二度とトリコさんに会わないと、ボクの覚悟は固く決まっていた。
 



以上、『恋が終わる日』の抜粋です。
擦れ違い悲恋系ハッピーエンド。



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