不思議なLADY




 小松という男はなんとも不思議な生き物だ。身体は小さいくせに声は大きくて態度も謙虚かと思えば食べ物に関してはずうずうしかったり。
 自分と比べるとその身体のなんと小さい事か。
 小さい身体に小さい手。しかしその手から生み出されるのは魔法のような料理の数々だ。確かな腕と確かな舌が生み出す数々の料理。そしてさらには努力し続ける姿勢こそが極上の料理を生み出している。
 撫で肩の薄い身体。強さとは無縁な身体。
 普通なら危険区域になど近付こうという人間はまずいない。それなのに上からの指示と大義名分を掲げて、生きた食材を見たいとは不思議な男だ。
 それになかなか根性もある。
 だからこそ、こうしてビオトープにも連れてきた。
 庭については今でこそ克服したけれど良い記憶はない。
 決して合法的でない実験を行うIGO。遺伝子組み替えなど当たり前な顔をして行っている。
 入り口でヨハネスと別れ、滅菌ルームでオレは小松の身体に思わず笑いを漏らしそうになった。
 なんて子供体型だろうか。筋肉らしい筋肉はないし、どこもかしこも柔らかそうな身体。あの尻なんかどこの幼児かと思うほどの丸みだ。
 本当に不思議な生き物だ。
 オレが珍しいのか? いや違う、小松が珍しい部類なのだ。小人族というものがあるならまさしく小松は小人族に違いない。
 それに、
「なんだお前そのパンツ」
 肉の絵がプリントされたパンツ。まるで女児がはくようなパンツだ。小さい頃のリンの姿が思い浮かぶ。
「えっ、今流行りなんですよ、NIKUブランド。トリコさんにも知らない事あるんですねぇ」
 パンツの柄はどうやら有名なブランドらしい。なんだかバカにされた気がした。
「ふん。そんなお子さま向け、幼児体型の小松にはお似合いだぜ。ちなみに下、生えてんの?」
 滅菌のシャワールームでは尻しか見なかったが、生えてなくても不思議じゃない。何しろ不思議小松だ。
「失礼ですよ、こう見えてもトリコさんと同じ年なんですからね」
 ぷんすかと憤っている小松を滅菌ルームに置いて出る。
 そうか同じ年か……。その割には小さいし、まさしく不思議な生き物だ。
 ふと歩きながら聞いてみる。
「なぁ、小松って童貞?」
「童貞ですよ、当たり前じゃないですか」
 気負うことなくさらりと返された言葉に拍子抜けるとはこのことか。
「ははは、そうかそうか。いやーお前が童貞じゃなかったら落ち込むぜ」
「えっ、まさかトリコさん……」
「悪いかよ」
 しかたないじゃないか。こちとら庭育ちだ。ある程度分別もつけば自分が特別だという事も理解するし、そうなるとどうしても引け目があった。
 第一に自慢じゃないがデカいのだ。相手も相当デカい女じゃないと無理な気がしてなかなか一歩が踏み出せなかったのもある。
「い、いいえ。意外なだけで」
「どこかに後腐れないのいねぇかな」
 美食屋四天王だとか肩書きに左右されなくて、トリコという名に媚びを売らない。かつそれでいてオレの人生を邪魔しない女。ついでに言うなら身長は180ぐらいは余裕で欲しいところだ。
「……梅田事務局長とか」
 ぽつりとこぼした小松の言葉に全身に虫酸が走る。
「殺すぞ。ていうかあいつが女に見えるならヤバいぞ」
 梅田は仕草とか言葉遣いこそ女だろう。気遣いとかはそこらへんの女顔負けだ。しかし紛れもなく男なのだ。あの胸毛見えてねぇのか?
「じゃあ、ボクが相手しましょうか?」
 暫し考えて口を開いた小松の申し出に思わずオレの足が止まる。
「お前、冗談も顔だけにしとけよ」
 お前も男じゃねぇか。ったく、人のコンプレックスいじりやがって。そりゃあ童貞だけどなぁ男相手に捨てれるもんじゃねぇだろ。
 第一に男には突っ込む穴が無ぇ。いやある事はあるのだろうがアレは突っ込むもんじゃないだろう。
「トリコさんって案外ロマンチストな常識人ですねぇ。やっぱり初めての相手は可愛い女の子ってやつですか?」
「男相手には捨てたくねぇよなぁ」
 男のケツに突っ込んで童貞を捨てたっていうのはちょっと違うだろう。男が好きなら話は別だが、オレは今までに男を好きになった事もムラムラした事もない。
「まぁ確かにその気持ちもよく解ります」
 やっぱり可愛い女の子ってのは万人の理想ですよねぇと小松もしみじみと納得している。
「そういう小松はどうなんだよ」
 どんなのが初めてならいいんだと聞けば、小松はうっとりと語りだす。
「ボクの理想は、背が高くてですねぇ、優しくて、外見で人を判断しなくてぇ」
 いつもの調子でぽわんと頬を染める小松に笑いそうになった。
「なんだ、お前の基準だと大抵クリアじゃねぇか」
 リンなどを見ろ。小松よりはるかに背が高いしパワーもある。優しくて外見を気にしないっていうのもクリアしやすいだろう。
「そうなんですよ。でもこんな見た目だから」
 眼中に入った試しがないと、小松はしょんぼりと肩を落とす。
 いくら五ツ星レストランのシェフという肩書きがあっても、なかなか相手が見つからないとなるとなるとオレの方が厳しい気がした。
「オレもこの体格だからなぁ。人間見た目じゃねぇよな」
 普通の女は怖がって近付いてこない。言動が粗雑だからか原人などと言われてるのも慣れている。
 食べている姿を見れば下品だと言って近づいてもこない。
 けれど人間は見た目じゃないはずだ。
「ですよねっ、ようは中身ですよねっ」 
 そんなやりとりをしていたものだから。オレは肝心な事を見過ごす事となった。
 会話の中で小松は一言も自分を男だと言わなかった事実に。そして全裸やパンツを見たはずなのに小松が女だと気付かなかった事に。
 いわゆるそんなレベルの身体だったのであるが、やはりあのパンツで気付くべきだったろう。
 どうみてもアレはブリーフではなかったのだ。



以上、『TOP SECRET』より抜粋の『不思議なLADY』の冒頭です。
トリコさん童貞設定で、小松君(♀)と結ばれるまでの話。ハッピーエンドです。


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