かれこれもう半年はボクとトリコさんとの愛人契約が続いている。
半年前、ボクはトリコさんから、『周囲のカモフラージュのために』愛人になってくれと頼まれ承諾した。
いわゆる仮初めの関係だったはずなのに、ボクとトリコさんは人目を忍ぶ関係になっていた。
ここはホテルの一室。ちなみにホテルグルメではなく、それ以上のレベルのホテルだ。
部屋は広々としたスペースにリビングルームを備えたエグゼクティブスイートで、チェックインからしてフロントでは行わない。特別室での手続き。そしてワンフロアに一室という贅沢さもトリコさんにとってなんの違和感を抱くこともないのだろう。
そもそもレベルの違う人種なのだと思い知らされる瞬間だ。やはり対等ではないのだと思い知り、部屋に入るボク足取りは重い。
真正面は全面が一枚ガラスの窓で、高層階ならではの景色が広がっている。
「すごい、綺麗な夜景……」
周囲の高層ビル群よりも頭一つ高い位置にあるために、星を散りばめたかのような夜景は誰の目から見ても豪奢の一言に尽きる。
「おい小松、さっさとシャワー浴びてこいよ、時間が勿体ねぇだろ」
ネクタイを緩めてスーツの上着を脱ぐトリコさんにボクは思わず見とれてしまっていた。
仕立ての良いフルオーダーの白いスーツに、ダークな色味のシャツを着たトリコさんは雄としての魅力に溢れている。
一方、モスグリーンのスーツにシンプルな白いシャツのボクとでは、とても釣り合いが取れるとは思えない。
第一に見た目からして残念なボクだ。トリコさんと同い年とは思えない貧弱な身体。人並み以下の容姿。
そんなボクがずっと憧れて、出会う前から恋をしていたトリコさんとこんな肉体関係にまでなるなんて嘘のようだった。
ただしそこに甘い感情は一切存在してなくて、ボクの一方的な想いだけが存在している。
「他の男の臭いを早く落としてこいよ」
イライラとした物言いのトリコさんは同じ職場で働く仲間達の臭いですら嫌がっている。嗅覚がするどいというのも考えものだ。
「……すぐに、汗流してきます」
上着とスラックスと、そしてシャツをハンガーにかけると浴室へと向かった。
ここもガラス張りで夜景が美しい。
バスタブにシャワージェルを入れると勢い良く湯を入れた。すぐに泡だらけになったのを楽しむ余裕はない。
いつトリコさんの逆鱗に触れるか解らないから急いで全身を洗い、さっさとシャワーに切り替えた。とりあえず匂いを消すためだけの入浴。
「遅い」
部屋のウェルカムサービスであろうフルーツ盛を食べていたトリコさんはボクの身体を軽々と運ぶとベッドへと放り投げる。
「時間稼ぎなんざ無駄だぜ?」
「……解ってますよ」
おそらく今夜もトリコさんが満足するまで解放されないだろう。それは夜中までなのか明け方までなのか。その時のトリコさん次第だ。
「舐めろよ」
スラックスから取り出したトリコさんはもうかなりの怒張だ。
ボク相手に何故勃つのかとトリコさんのモノを見ても信じられない。
「どう、して……」
どうしてトリコさんボクを抱くんですか。言葉にならない言葉。仮初めの愛人なら、抱かずとも良かっただろうに。
ボクの言葉にトリコさんはふんと鼻で笑う。
「どうしてだって? 今更だぜ。こんな良いケツの締まりなんざそうそうにねぇよ」
身体だけ、ですか……。
ボクは妙に納得してしまっていた。なぜなら昔から、この身体は同性を虜にしたからだ。
きっとボクがトリコさんを狂わせたに違いない。
「お前はオレの愛人なんだよ。それだけの事をしてオレを楽しませてくれなきゃなぁ」
意図せずにぽろぽろと涙が溢れてくる。
「泣いたって許してやんねぇからな」
巧みな腰の動きに意識も快楽で霞むなかボクは声を絞り出す。
「もう、いやです…」
「何を言ってんだ? オレのちんぽ咥えて小松のもこんなになってんじゃねぇかよ」
股間のトリコさんの手がいやらしい手つきでボクの先端を苛める。
自らの股間を見れば、はしたなく先走りをとろとろと漏らしてしまっていた。
上下に擦られるたびに、絞られたかのように透明な滴がぷくりと浮いてとろりと落ちる。
「あぁ、いやぁあ」
解放されたくて限界に近づく。
「忘れんなよ、お前はオレの愛人なんだからな。他の男にケツ振るマネすんじゃねーぞ」
腰が自然と揺れていた。
この熱く張りつめたペニスから精液を吐き出せば終わる。しかし好きだと言えない心はただひたすらに揺れるだけだ。
愛人契約など、承諾しなければ良かった。
けれどもしボクが受け入れなければ、コンビなどいとも簡単に解消されただろう。
きっともっと他の腕の良い料理人が、トリコさんとコンビを組んだに違いない。
そしてこの愛人契約が終わる時は、おそらくコンビも解消する時なのだろう。
(コンビを続けるためには、トリコさんの要求を受け入れなければ……)
少しずつボクの心は砕け始めていく。
もし、あの日に戻る事が出来たならボクはきっとトリコさんを拒むだろう。
こんなにボクに固執するトリコさんなんか見ていたくなかった。
すべてのきっかけはあの日までに遡る……。
以上、『愛人契約』より抜粋の冒頭です。
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