華やかな王宮。小さなこの国は豊かな石油資源で潤っている。豪華絢爛ではあるけれども華美過ぎるでもなく、どこか神々しささえ覚え、見る者の心を奪う。
本来は女達が暮らす後宮。太陽の光が中庭の花を燦燦と照らす。国の誇りでもある水路には豊潤な水が流れ込み鳥の歌声が絶える事はない。
そんな中、小松は震える声を振り絞る。
「まさか、トリコさん…貴方が第二王子のトリコ様だったんですか…」
同じ名前なのに不思議に思わなかった自分が呪わしい。もっと早く気が付いていたならこんなに傷つく事もなかっただろう。
ショックでガタガタと身体が震える。
小松の脳裏には互いに愛しあった日々が走馬灯のように甦っていた。草の褥で愛を交わし、互いの情熱を分け合った日々はもう戻らない。
この国で同性愛は御法度だ。目も背けたくなる程、非人道的で残酷な制裁が待っている。
それを覚悟の上で小松はトリコを愛したのだ。トリコをただの武官と思っていたからこそその愛を受け入れた。
もし知っていたならトリコを愛しはしなかっただろう。そしてトリコとの未来を望みはしなかった。
「ずっと黙ってて悪かった…」
小松の震える身体を抱きしめようとするトリコを小松は拒絶する。
「…トリコ様と知らず、失礼しました。知ってたらボクは…」
(貴方を愛しはしなかったのに…)
小松はトリコと出会った時の事を思い出していた。
初めて出会ったのは後宮の奥庭の事だ。一人遅めの昼食を食べていた時に現れたのがトリコだった。
「あー、後宮にきちまってたか」
失敗したなぁ。と大きな身体を隠そうとしたトリコに、こっそり身を潜めていた小松は思わず笑いを漏らしたのだ。
「誰だ?」
「それはこっちの台詞です!」
この後宮で料理人として暮らしている小松は、衣服こそ女物を身につけてはいるが、れっきとした男だ。
勿論女物を身につけているのはこの後宮が男子禁制だからで、たまたま料理の腕が認められたために厨房に立ってはいるが小松の性別を知る者は殆どいない。
「ここは男性が来て良いところじゃありません」
「だろうなぁ。こっちに来るつもりはなかったし、見逃してくんね?」
「…早く行ってください」
「サンキュっとその前に」
トリコは小松の食べていたパンを一口で食べるとニヤリと笑う。そして小松を引き寄せると唇を奪ったのだ。
「オレはトリコだ。今のはお前が作ったんだろ? 美味かったぜ」
折角の昼食を食べられてしまって憤慨するよりも突然のキスに小松はその場を動けなかったのだった。
そんな初めての出会いはただの偶然だった。
しかし二度目は意図的だった。
「よぉ!この間の飯と見逃してくれた礼な」
そう言ってトリコは小松に金の腕輪を手渡す。見事な装飾はルビークラブの甲羅か。太陽の下で赤く輝いている。
「えっトリコさん…?これって…」
どう見ても一財産はありそうだ。
「それとこれな」
絹の衣装は金糸で縫い取られ、透けた布地はセクシャルな雰囲気だ。サイズはピッタリだろうが如何せん、身体を隠す要素はない。
一枚一枚が薄い布地で出来ているため何枚も重ねる事によって身体を隠す。
淡い色合いだが重ねる事で全体的に桃色にも見える。
「あ、あのぅ…。困ります」
「普通喜ばねぇ?」
「ボク男なんです…、この間もボクなんかにキスしたから・・・。誤解されてたら申し訳ないんですが…」
「知ってるよ、女の匂いしねぇし、男だと知ってキスしたんだよ」
「えぇぇっ!」
あっさりと見抜いた上に同性と知っていてキスしたトリコに小松は腰を抜かす。
「ちょっと黙ってな」
「あっ…」
二度目のキスは簡単に小松の官能を導き出し、そして二人が愛を交わすようになるまで時間はかからなかった。
星降る夜空の下、待ち合わせた中庭の四阿での抱擁。トリコの腕の中で目覚めた朝。
すべてが蜃気楼のように消えていく。
「…トリコさ、様…、もうこちらには来ないでください」
小松は自分の身を初めて恥じた。男である自分、そして使用人でしかない自分。とても王族の彼の側にはいられない。
トリコをただの武官だと思っていた小松だ。過度の贈り物を心配したのはトリコの懐具合を心配してだ。そんな心配も無用のものだったなんて。
トリコの寵愛がずっと続くと思っていたあの頃が懐かしい。
「なぁオレの正妻になれよ」
「何を冗談言ってるんですか!トリコさんは、世継ぎをもうけなくちゃならない人です。ボクはどんなに貴方を愛しても子供を産めないんですよ?」
「オレは自分のやりたいようにやる。お前はずっとオレのものだ」
トリコが、後日正式に迎えに行くと言い残して去っていく。
それと入れ代わりにヨハネスが立っていた。
「お願いします。これを持って王宮を出てください」
手渡された袋には小松の身の回りのものが纏められていた。
トリコからの贈り物もある。
「これだけあれば一生困らないでしょう?」
ヨハネスの言葉に小松は首を横に振った。
トリコがいない人生など無意味だ。一生を食べ物に困らずに生きていけたとしても、なんと無味乾燥な事だろう。
決して豊かになど暮らせるはずがない。
こぼれ落ちそうになる涙を小松は堪えて差し出された荷物を受け取った。
このまま消えろというヨハネスの無言の言葉だろう。素直に従うしかない。勿論それはトリコのためだ。
一人とぼとぼと歩く小松の目の前には、この国自慢の水路があった。
美しい花が咲き誇っている。花に例えるなら自分は日陰の花だ。太陽の愛を一身に浴びる彼女達と自分の差を思えば情けなくて悔しくて涙が出た。
一瞬でも愛された記憶は余計に小松を苦しめる。このまま生きていても辛いだけ……。
水面の花が小松を呼んでいるようにも見えた。
「トリコさん…、来世で会いに行きますね」
翌日、水路からはトリコが小松に送った装身具が発見されたが小松の姿は上がらなかった。
「ヨハネス…てめぇ」
「申し訳ございません、まさか入水するとは…」
自分の浅はかな行動が小松や周囲の者を追い詰めたのだと思うとトリコはいたたまれない気分になった。
「せめて…、弔ってやりたかったぜ」
そんなトリコの声は砂漠から運ばれる風に、結ばれなかった純愛とともに消えたのだった。
スカイプラントの蔓、積乱雲の中。何度も走馬灯のように思い浮かぶ過去…。
トリコに聞こえないように小松は呟く。
「信じてます…、トリコさん…」
すべてを語らずとも、二人の未来はあの砂漠の太陽よりも強い輝きで祝福されているのだと、誰もが知るに違いない…・・・
本城さんのお誕生日のお祝いがわりに書いたアラブトリコマです。
ハッピーエンドバージョンが脳内で展開してるんですが、何しろ書くと1冊本になるぐらいのボリュームなので急遽始めの狙いとは違う目標地点に到着しました。
NOVEL TOP