ボクの恋人は年上。幼なじみの義兄弟。れっきとした男同士だけれどボクと鴆くんは恋人同士で。
キスもまだの清らかな関係だけれど、いつかボクを鴆くんにあげるんだって。ずっとその日を夢見てる。
この間電車の中で怖い思いをしてからちょっと足が遠くなっていたのだけれど、やっぱり会いたくて……。
週末には何の予定も入っていないから金曜の夜にでも押し掛けてやろうと画策していたら、黒羽丸が届けてくれたのは鴆くんからの手紙だった。
『リクオを出入り禁止とする』
素っ気ない短い一文。それでも丁寧な達筆は鴆くんの字だ。
出入り禁止って、つまり来るなって事? どうして?
鴆くんがボクを遠ざける意味を考えて涙が出そうになってくる。
きっと鴆くんに新しい恋人が出来たんだ……。口先だけの恋人同士であるボクに嫌気がさして。
そんなの嫌だよ。
まだボク達は始まったばかりだと思っていたのに。もう終わっちゃうの?
そういえば、ボクがどれだけ鴆くんの事が好きか言った事がないし、鴆くんがボクをどれだけ好きか聞いた事もなかった。
まるで小さな子供の恋人ごっこみたい……。
鴆くんはこんなもどかしい関係が嫌になったのかもしれない。もどかしくて悔しい思いをしていたのはボクも同じなのに。
こんなのは一方的で許せなかった。
夜になるのを待って、桜の木の枝に巻き付いていた大蛇を呼ぶ。
舌も尻尾も長ければ髪まで長い大蛇の妖は行き先を告げると少し困った顔を見せた。
けれどボクに逆らうなんて出来なくて渋々と空を駆ける。
薬鴆堂の庭先に降りればその気配で判ってしまうだろうからボクは少し離れた場所に降ろしてもらって大蛇を返す。
やはり渋々と帰っていく大蛇を見送ってボクはこっそりと薬鴆堂の門を潜る。勿論、畏れを使って気配を消して、だ。
皆は知らないかもしれないけれど、夜になればボクにだって多少の力は使えたから。
まだ時間的には早いだろう。
人間の生活時間としては夜更けのテレビ番組がこれから盛り上がるに違いない。
しかし鴆くんの屋敷の周辺は民家もなく、大きな竹林の奥深くにひっそりと佇んでいるからか不気味なほどの静けさだ。
しとしとと降りだした雨。不思議なほどに冷えてきて近くに雪女がいるかのように寒くて段々と気が遠くなってくる。
ほんの一瞬だったろう。寒さに集中力が途切れた途端、目の前に鴆くんが立ちふさがっていた。
「こんのっ! バカヤロウが!」
畏れが解かれて鴆くんに気付かれたに違いない。
どこにそんな力があるのか不思議になるぐらいの力で担ぎ上げられ部屋に運ばれる。
ボクが潜んでいた場所から一番近い部屋。その部屋は薬鴆堂には似つかわしくない異彩を放つ。
この部屋は……?
見渡そうとしているうちに帯が解かれ着物を脱がされ、抗議する間もなくベッドの中へと押し込まれていた。
「羽毛だから暖かいはずだぜ」
ふんわりとした掛け布団。真綿ではない軽さが身を包むが冷えきった身体では寒くてたまらない。
それに、ボクの顔色を見ていた鴆くんは少し困った顔をすると着物を脱いでボクの隣へと入ってくるではないか。
「ぜ、鴆くんっ!」
「オレも体温は高いほうだからな、湯たんぽがわりにゃちょうどいいだろ」
そう言ったかと思うとすっぽりと腕の中へと抱きしめられ……。
初めての素肌の触れあい。それは単なる治療の一環なんだろうけれど胸の動悸が止まらなかった。
それでもこれって、チャンスじゃないだろうかと思えば少し体温が戻ってきて思考もクリアになってくる。
鴆くんの胸に顔を埋めながらボクは震える声で呟いた。
「ねぇ鴆くん、鴆くんはボクが嫌いになったの?」
出入り禁止とされた理由を直接聞きたいと伝えれば鴆くんからは思った以上に優しい声音が降ってくる。
「そんなわけねぇよ」
リクオが嫌いになったからじゃないと言うけれど、ならばどうして? 意味が解らない。
「じゃあさ、ボクを抱いてよ」
好きなら出来るはずだ。むしろしたいはずだ。
ボクだって男だから解る。好きな人と一つになりたいという気持ち。
だけど鴆くんはボクを抱きしめる腕を強めようとはしなかった。
「……正直言って抱きてェよ。けどよ、まだ成長しきってないリクオの身体に無理させらんねェんだよ」
ため息混じりの鴆くんが確認する。
「精通だってまだだろ?」
「失礼なっ、そっそれぐ・らい……」
「まだ、なんだな……。頭ばっかり大人になりやがってよ」
「じゃあいつだよ、いつまで待てばいいのさ」
こんなに近くにいるのにどうしてか遠い。
「それまで鴆くんが他に恋人を作っても黙って見てろってこと?」
「他になんかいねぇ、鴆は鳥の妖だぜ。生涯につがいは一人よ」
だったらいつかボクは鴆くんの本当の恋人になれるの?
この胸にあるのは不安だ。
そう言いながら鴆くんはボク以外の親しくしている人が居るのかもしれない。
その不安を裏付けるようなこの部屋。人のいた気配。
ここは誰の部屋なんだろう。
淡いミントグリーンの家具、ブックラックとデスクはライトブラウン。そのデスクの上にはノートパソコンまで置かれている。
広いベッドは大の男が二人で寝るのも可能なぐらいゆったりしていて……。
「もう寝ろ」
鴆くんはボクの不安を感じ取っていたのかもしれない。
それは初めてのキスだった。
柔らかく上唇を吸われたかと思うと今度は下唇を甘く噛まれる。
ゆっくりと頭を撫でられて……。
少しずつ温まった体は眠気よりも興奮を呼び覚ます。それなのに鴆くんの方が先に寝てしまって。
こんな状況で眠れるほどボクは子供じゃなかった。
さっきから考えているのに答えは出ないうえに不安で眠れない。
この鴆屋敷に似つかわしくないこの部屋は誰の部屋なの? すうすうと眠る鴆くんが答えるはずもないのにボクは答えを待つ。
そんな中で、静寂を破るようにコンコンと控え目に叩かれる扉。
コトリと小さな音が外で聞こえたのでそっと扉の外を覗けば、用を済ませて辞そうとしていた蛙顔の番頭さんがいた。
ボクの顔を見て頭を下げる。
「その……、運動ののちは小腹が減りましょうから」
見れば足下に小さなおにぎりとお茶が乗せられた御盆が置かれてある。番頭さんが持ってきてくれたのだろう。
運動ってやっぱりそっちの運動かと、見透かされてるのかと一瞬戸惑うが、ボクは下がろうとした彼を引き留める。
「……この部屋って鴆くんの部屋なの?」
「ほほほ、これはリクオ様がいずれこの薬鴆堂へ嫁いできたときに夫婦の部屋にと鴆様がしつらえたものです」
「ボク、本家の跡取りなんだけど?」
正直ドン引きである。嫁ぐって何?
「老い先短い鴆様のささやかな妄想でございますよ」
面白そうに肩を揺らして笑いを堪える番頭さん。そして背後からいつの間に起きたのか、
「こらっ蛙!! あることないこと吹き込みやがって」
鴆くんが番頭さんを一喝したのだ。
そんな空想を鴆くんがしてくれていただなんて、それはそれで嬉しいけど。
背後から伸びてきた腕がバタンと目の前のドアを閉める。
「これはまぁ、そのうちリクオが成長したときにうちに来たときにだなぁ」
現代っ子のリクオにと思ったらこうなったと、照れくさそうに鴆くん。
ボクもこの部屋の正体が解って安堵していた。
「じゃあ、この部屋は愛の巣ってヤツだね」
鳥は求愛の前に巣を作る種類もいるという。鴆がそんな種類の鳥だとかどうかは知らないけれど。
いつかこの部屋で過ごす時間が増えれば良いとボクは願う。
ボクの年上の恋人はとても優しくてロマンチストで……。
「我慢すんのも限界があんだからよ、早く大人になれよ」
背後から腰を引き寄せられてのキス。そして内腿に熱い昂ぶりを感じてボクの体温は上昇する。
お、大人ってそういうこと?
追記
ボクの年上の恋人はちょっぴりエッチです。
無事3部作終了!!
この続きはまたの機会があれば、お初な二人を書きたいです。勿論失敗して暴発する鴆くんを(ヒドイ)
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