年上の恋人 2



時々ではあったけどボクは学校の帰りに鴆くんの屋敷へと通うようになっていた。

朝も通勤ラッシュだったけど、夕方の帰宅ラッシュにまで巻き込まれ約一時間。
快速電車の中で、あまり背の高い方ではないボクは大人達に挟まれながら早く鴆くんに逢いたいと心を逸らせていた。
そんなボクの背後で……。

もぞりと動くのは、手?

これってもしかして痴漢ってやつだろうか?
お尻を触られているのだから間違いないと思う。でもボクにどうして?
女の子と間違えられるはずはないのに。
でもボクが犠牲になる事で女性への被害が一件減るに違いないと考え直す。ここは男らしく我慢だ。お尻ぐらい触られたって平気だ、大したことない。

でも……。

鴆くんにさえまだ触られた事がないのに、知らない人に触られるなんて悔しい。
涙が出そうなのをグッと奥歯を噛み締めて耐えていると、お尻を撫で回していた手が移動してくる。

まさか前にまで?

身動きがとれなくて、逃げたいのに逃げられない。
「んっ、」
痴女?と思っても周囲は男性ばかり。
途端に怖くなって身体が震えてくる。
この手はボクが男だと知っている。
知ったうえで触ってくるんだと思えば鳥肌が立った。
あと少しで駅につく。そこを降りれば鴆くんのとこまですぐだ。
ファスナーが下げられそうなのが解り、身を捩って逃れようとするが、まさぐる手は執拗で諦めそうにはない。

鴆くん!鴆くん!

心の中で叫ぶけれど鴆くんが満員電車にいるはずもなく、あと数分はこの手に好きにさせるしかない。
初めては鴆くんが良かったのに。こんなところで奪われるなんて嫌だよ。
ボクの形をなぞるように手が動き、スルリと忍び込もうとした瞬間、電車がホームへと到着する。
駅に着き、どっと人の乗り替えがおこり、人の波に押されるようにボクも電車から降りていた。
怖くて気持ち悪くて、足が震えて動けずホームのベンチに座り込む。

「ちょっとボク、」

肩を叩かれ、見上げればサラリーマン風の男がボクに話しかけてきて、こいつが痴漢かと身構える。
もしかして、誘われるのかもしれない。
ボクってそんなに隙があるのかな?
逃げ出そうと腰を上げかけた時、
「背中汚されてるよ」
とだけ言い残されボクは青ざめた。

まさか…。

見れば背中からお尻の辺りに白く汚いものが付けられている。匂いで判る、これは……。
情けなくて悔しくて。溢れそうな涙を拭い、トイレで粗方を取って上着は丸めて鞄に詰めた。
そこからは、どこをどうやって鴆くんの屋敷に到着したか記憶も曖昧だった。
出迎えてくれた鴆くんの小言。
「おまえまた側近を巻いてきやがったな? ん? 泣いてんのか」
「鴆、くん」
お風呂と着替えを借りようとしても、口を開けば泣きだしてしまいそうだった。そんなボクの様子を鴆くんもいぶかしく思ったらしい。
「リクオ、お前ぇから男の匂いがすんぜ? それも他の男の匂いだ」
やっぱり分かるんだ……。
「…電車の中、満員で身動きとれなくて、」
「こっちきやがれっ」
ぐいぐいと腕を引っ張られ、連れて行かれた脱衣場でうつ伏せに転がされたかと思うと、下着ごとスラックスを下げられ鴆くんの前でお尻を突き出すような恥ずかしいポーズをさせられていた。
「やっ、鴆くんっ」
抵抗しようにも鴆くんの力が強くて太刀打ち出来ない。
「じっとしとけ」
お尻の肉を掴まれかと思うとぐいっと左右に広げられ、どうやら傷の有無を確認されたらしい。そんな鴆くんの突然の行動にボクは「ぎゃっ!」と叫んでしまっていた。
情けない格好に情けない声…。
羞恥に顔から火が出そうだというのに、鴆くんはフゥッと安堵の溜め息を吐く。
「こっちは大丈夫じゃねーか」
焦らせんなよ、と鴆くんの言葉にふるふると怒りが湧く。
「だっ、大丈夫じゃないよ!馬鹿っ!なんて格好させんだ!馬鹿っ馬鹿っ」
身体を捩って見れば、鴆くんもボクの今の格好に気付いたらしい。
「なっ!リクオ、お前ぇなんて格好っっ!」
「鴆くんの馬鹿っ!君がしてるんじゃないか!」
「すっすまねぇっ!」
鴆くんの羽織が背中から掛けられる。
「き、着替え、後から用意させっから風呂入ってこい、な」
顔を背けて駆け出す鴆くん。そして途中でむせかえり、倒れる音がした。
あぁまた吐血したんだなと思いつつ、気を取り直して湯を使わせてもらう。


大量の鼻血で鴆くんが倒れた事など知らないボクは、今夜こそ鴆くんのものになるのだと覚悟を決める。
鴆くんの突然の行動に、初めて肌を晒すというイベントは悲しい結果に終わったけど仕方がないだろう。
でも今夜なら『他の男に汚される前に鴆くんのものになりたいんだ…』なんて台詞で鴆くんも覚悟を決めてくれるに違いない。

「よしっ!」

気合いを入れて風呂場から上がったそこには、
「ささっお着替えをお持ちしましたぞ、若!」
と、鴉天狗の小さく丸い姿があったのだった。

結局、迎えにきた鴉天狗に朧車に乗せられて家に帰るはめになり、今夜もまたクイーンサイズのベッドがある洋室の存在をボクは知らないままとなるのであった。








ヘタレ鴆くんとちょっぴり積極的な昼若で。いつか部屋の存在を知って真っ赤になって照れる昼若とかを妄想中。

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