桜の花が咲く頃に



 丁寧に磨かれた廊下も、歳月を重ねてあちこちに傷みが目立つ。薬鴆堂の表玄関から近づいてくる足音を聞きながら鴆は枕から頭を上げ羽織りを肩にかけた。
 聞きなれた足音は鴆の幼なじみで奴良組三代目となるはずの男だ。あと少しで妖怪として成人を迎えるはずなのにまだまだ子供の域を出はしない。
 そのうえ、若頭襲名を拒み、三代目候補となるのも幹部の同意を得られておらず総大将も頭を悩ませていると聞いている。
「鴆くんお見舞いにきたよ」
 小学校とやらが終われば頻繁にリクオが顔を出す。見舞いにくるのに何の楽しみがあるのかと不思議なぐらいの頻度である。
 貸元に足を運ぶなんてと声もあるが、妖怪らしくなればと黙認されているらしい。
 しかし当のリクオは学校の事は聞かずとも話すが、三代目の話となると
「ボクは人間だし、妖怪の主なんて無理だよ」
 と、明るく返してきて有無も言わせない。
 あれほど立派な妖怪になるのだと言っていた小さなリクオはもういない。
 しかしこうして妖怪の自分を気にかけてくれるのだから、完全に妖怪を否定している訳でもなさそうだと安堵もあった。
「寝てなきゃダメなんでしょ」
「リクオが三代目になりゃあ寿命も延びるってもんだが」
 押し問答にしかならない遣り取りにどこから知識を入れてきたのかリクオが眉を吊り上げる。
「嫁を取った鴆は寿命が延びるって聞いたけど?」
「あー、まぁな」
 真実は如何に?と詰め寄るリクオに曖昧に肯定する。
 鴆は身体の弱い妖怪だ。
 だが繁殖期にはその限りではないので、つがいより先に逝くことはない。
 連れ合いを残して逝けるものかとの精神力なのだが、鴆が情の深い妖怪であると言われる所以だった。
 今まで周囲の懇願に見合いもしたが、これと言った女はいなかったし、一夜限りの交わりでは寿命が延びるはずもなかった。
「好きな人とかいないの」
 リクオの言葉に鴆は少しばかり笑みを浮かべる。
 今、気になるのはこの幼い主だけなのだ。三代目になってくれればきっと寿命が延びるだろう。それだけ期待している。
 決して愛らしい見た目や明るい笑顔に心を奪われた訳ではない。
「どうしたの鴆くん?」
 小首を傾げる仕草に鼓動が速まる。
 そのふっくらとした唇を奪ってしまいたいだなんて馬鹿げた考えを鴆は振り払う。
 リクオは男なのだから、この感情は押し殺さなければならない。
 好きな奴はお前だと言えないまま鴆は絶えるのだろう。
「好いた女はいねぇよ」
 ぶっきらぼうに答えた鴆をリクオが気にする事はなかった。
「ふーん、それよりさ。中学校に行ったら制服なんだ。鴆くんにも見せたげるね、晴れ姿」
「そんな晴れ姿はいらねぇ」
 見たいのは代紋を背負ったリクオの姿だと鴆は語調を強める。
「ほら、女の子の制服可愛いでしょ。かなちゃんは良く似合うと思うんだよね」
 鴆の言葉を右から左に聞き流し、リクオは入学案内と書かれたパンフレットをめくっている。
 かなちゃんとやらは最近よく聞く名前だった。どうやらリクオはその少女を好ましく思っているらしかった。
 忌々しい。
 パンフレットを楽しそうに眺めているリクオから目を逸らす。
 おそらく次の春の桜が見納めになるだろう。
 もしリクオへの想いが成就することがあれば話は別だろうが、今でこそ愛らしい姿のリクオも13才の成人を迎える頃には自分よりも逞しくなり、今のこの感情も風化していくだろう。
 せめて死ぬまでに三代目を継いだリクオを一目見たかったが仕方がない。
 鴆はリクオに許しを得て横になる。
「なぁどうしてリクオは三代目を継ぎたくねぇんだ?」
「だってボクには夢があるんだもん」
 目を輝かせて微笑むリクオ。その夢が叶う姿も見れないのかと鴆は悔しさを諦めへと変換させた。



 そして冬が過ぎもうすぐ早咲きの桜が咲く。
 リクオが見舞いに来てくれても寝ている事が多く、会えない事も多くなっていた。
 リクオの晴れ姿を見る事もなく果ててしまうのかと歯痒い思いが鴆を支配する。
 せめてリクオの制服姿とやらでも見て逝けたならと薄れる意識に抵抗することなく目をつむる。
 次に目を覚ますのはいつだろうか。もしくはこのままなのか……。しかし完全に意識が途切れる前に愛しき少年の声が鴆に命を吹き込む。
「鴆くん、見てよ。制服が仕上がったんだ」
 少し早いけれど鴆くんに一番に見てもらおうと思って、とリクオがクルリと回ってみせる。
 ひらりとしたスカートが膨らみ、リクオの細い足が鴆の目の前で踊っていた。
「って、おいリクオ!その格好女物じゃねェか!」
 三代目になる男がふざけんなと語調を強めれば、
「だってボク女の子だもん」
 形の良い眉を吊り上げ、リクオはまあるい頬を膨らませる。
「あのね、ボクの夢は三代目を継ぐんじゃなくて鴆くんのお嫁さんなんだからね!」
 覚えといてよね!そう宣言したリクオは見た目に反して男前で。
 しかし年々愛らしくリクオが育っていたのに何を見ていたのか。
 愛らしく育ったからこそ惚れたのだと今なら解る。
 現金なもので好いた人が異性だと思うだけで生気が漲ってくるのを鴆は感じていた。
 まだ始まりの鐘を鳴らしたばかりだというのに気が早いと苦笑しつつ、きっと自分はリクオより先には逝かないだろうと確信していた。
「じゃあリクオが13になったら…」
 義兄弟や幼なじみではなく許婚としてもらえるよう頭を下げに行こう。

 もうすぐ桜も咲く。それはこれから先何年もリクオと見るに違いない。








女体化失礼しました。男女カプに萌えは感じないのですが、男女体化カプは大好きです。貧乳ならなおさらです。
・・・。


TOP






TOP