『あ』
それはようやく白みかけた朝の事。
夜と朝の境目はとても中途半端で、情事の終えた気だるい身体を持て余す。傍らの鴆くんは開け放った障子から見える朱色を失いつつある空を眺めていた。
不安がボクの中で渦巻く。
「…
愛してるって言ってよ」
二人きりでいても。
何度と身体を重ねても、何も言わない鴆くんにボクは強要する。
せめて言葉だけでも安心できる材料が欲しかった。
しかしそんなボクの言葉に鴆くんは眉を上げて鼻で笑ってみせる。
「馬鹿馬鹿しい。言葉なんざ必要ねぇよ」
再び黙った鴆くんのその表情はとても固くてボクは不安でいっぱいになってしまう。
『い』
わがままだと解っていても止められない。
「
いつも一緒に居たいんだよ」
「リクオ、そりゃあ無理な注文ってもんだぜ?」
即答されて悲しくなる。悲しくて悲しくて噛んだ唇より心が痛い。
どうして、ちょっとした我が儘の一つぐらい良いでしょ?
こうして枕を並べるような関係になっても、鴆くんにとって何の感情も絡まない事なのかもしれない。
ボクはただのセフレ?
この年でそんな事を考えてしまうなんて。悲しいけどそれはすべて鴆くんのせいだ。
『う』
「
嘘でも良いから、さ」
他には何もいらないと言ってほしい。抱きしめて、愛してるって囁きと約束。口約束でも良い。
だけどボクだって結局は鴆くんと同じ。
鴆くん一人を選ぶ訳にはいかない…。
こうしていても永遠を約束するものは何もなくって、ただ肌を重ねているだけ。
なんて空しい関係だろうか。
『え』
暗い考えを吹き飛ばすように、ボクは鴆くんの背中に抱きついてやる。
「
遠慮しなくていいんだよ?」
冗談めかして言っても鴆くんに至っては至極真面目に応える。
「遠慮なんざしてねぇよ、オレは鴆一族の当主だし薬師一派の頭領だ。で、リクオは奴良組の三代目候補だろうが」
立場ってもんがあらぁ、と、すっぱりと切り捨てられれば、解っていても悲しくて涙が出そうだった。
解ってるよ。
ボクだって本当は解ってるんだ。
理解しても了承出来ないだけ。それはボクの単なる我が儘だって。
『お』
落ちそうになる涙を堪えて鴆くんの背中に額を押し当てて黙り込む。
小さく、解ってると呟くだけで精一杯だった。
だが、
「
お前が一番だ。それだけで許しちゃあくんねぇか?」
唐突に鴆くんがボクを抱き締めて耳元で囁く。
例え一生添い遂げられなくても自分の心はリクオだけのものだと。
そんな鴆くんの言葉はとても重くて、子供じみた我が儘で鴆くんを困らせていた事が情けなくなってくる。
ただ言葉だけでも欲しいと思った自分が恥ずかしかった。
男ならその言葉に責任を持たなければならない。
特に万の妖怪を率いる身だからこそ。
それを鴆くんはボクに指し示しているんだ。
だからボクも言葉でなくて、鴆くんの唇にそっと口づける事でボクの気持ちを伝える。
ねぇ鴆くん。ボクは君がとても好きなんだよ。
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