露天風呂にご用心
たった一人のために流れるたっぷりの湯量は昼間の疲れを癒してくれる。一燈は身体よりも精神的な疲れを覚え、湯の中で大きく伸びをした。 深夜の大浴場は貸切状態で誰の邪魔もない。 倉持所有のこのリゾートホテルの前身は老舗の温泉旅館で、今も近辺一の湯量を誇る。源泉の掛け流しともなればコアな温泉マニアが好むものだった。 露天風呂の風情もまた格別と一燈は空を見上げる。満天の星空は、今にも降ってきそうなものだ。 昼間から引き続いてロクなことがないと、ここに来たのは間違いだったのかもしれないと落ち込んでいたがそれも少しだけ癒される。 しかしながらさっきは見られたくない場面を時生に見られてしまっていて、それだけは気分が滅入った。あれをなんと説明して良いのか悩むところだったが言い訳がましいのも気が引けてどうにも出来ないでいる。 目を閉じて考え事に耽っていると人の気配が感じられ一燈は貸切状態でなくなった事にため息をついた。 だがしかし、 「一燈さん……」 唐突に名を呼ばれ、その時点で声の主が誰か判ってしまい一燈に緊張が走った。 まさかこんな時間に入ってくるなんて…。こちらも会いたくないからこそこんな遅くに入っていたというのに。 「時生……」 (ヤべーよ。こんなとこで二人きりだなんて) わざわざ時間を外した意味がないと無意識に空を仰ぐ。 「七尾くんは? 一緒じゃないんですか?」 「自分の部屋だろ、九時からの二時間ドラマ見るって言ってたからな。時生こそまだ起きてたのか?」 そろそろドラマも終わっている時間か。深夜番組も見ると言っていたが部屋に帰ってからは知らなかった。 「僕は夜中にアニメがあるんです。それまで起きてるつもりで……」 時間つぶしだと言う時生に、その行動まで読めなかったと一燈は小さく息を吐く。 「あの、一燈さん、そっち行っていいですか」 「あぁ。俺に襲われてもいいなら来いよ」 一燈も自暴自棄に言う。光樹とのシーンを見ていただけに危険の意味を察するだろうが、つまりは来るなという意思表示だ。 なのに隣に寄ってきた時生と肩が触れる。 「七尾くんって、人懐っこいですよね」 「あぁ」 「一燈さんの事、大好きだって言ってました」 「ふーん、あいつらしいな」 何か時生の様子がおかしい。いやに七尾の事を引き合いに出すではないかと一燈は時生を盗み見る。 すると時生は、聞き取れないぐらいの小さな声で一気に言葉を紡いだのだ。 「……僕だって一燈さんの事好きなのに。でも七尾くんみたいに素直に、可愛くなれないですし。さっきのを見て、僕じゃ無理だったんだなって思って」 いくら鈍感でもこの雰囲気から気付けないはずはないだろう。 「ちょっと待て、それってコクってんのか?」 まさかと思いつつ一燈は聞き返す。 「解りにくいですか……、すみません慣れてなくて……、こんな時なんて言えばいいんでしょう」 「……」 一体どういうつもりかと一燈が思案していると、時生は、 「一燈さんっ、抱いてくださいっ!」 そう言うなり思いっきり抱きついてきたのだ。それも昼メロのようなベタなセリフ付きで。 「時生、オマエ……、」 こんな格好でそれは自殺行為じゃないか? 抱いてっていうのは抱きしめてって意味で、好きと言うのは友人の好きだと一燈は己れに言い聞かす。 だが、そんな努力に時生は……。 「それとも僕じゃ勃ちませんか?」 潤んだ瞳で見つめられれば、我慢もくそもなくて。 (こんちくしょー。勃ちまくりだよっ) 無言で一燈は時生を抱き締める。 下半身の変化を知らしめるように時生の腰を引き寄せると、答えるように時生も一燈の背に手を回す。そこには言葉等はなく、いつの間にかどちらからともなく唇を重ねていた。 「心配して来てみれば、若があんなとこで。まぬけな格好晒してよく出来ましたねー」 「七尾っオマエ!」 来てたのかっ、そして見たのか? 見られたくない場面を見られてしまったと自業自得ながら一燈は肩を落とす。まさか大浴場に光樹が来て、露天風呂の脇で最後までヤってしまったのを見られていたとは! 「何、何があったんっっ」 「るせぇ、関係ないだろーが」 「志村やろっ志村になんかしたんやろっ」 ミーコの追及をかわすが周囲の視線が痛い。 「やっぱり若、時生さんに手ぇ出したんっスね」 じとっと見つめる光樹。 「露天風呂への扉、時生さんが止めてたみたいで。本当は見てないんですけどね」 時生の能力が使われていたという事は、時生が二人きりになる事を望んだのだと知った光樹だったが、まさか時生が行動を起こすとは思っても見なかったのである。 そこへハクタクが現れ一燈に話しかける。 「時生様の背中に擦り傷がございますが、一燈様は何かご存じで?」 「しらねぇっっ」 物凄い迫力のハクタクに、バレているのだとは解っていても、青姦しましただなんて口が裂けても言えるはずもなく……。 だがしかしやっと想いが通じた時生を手放す事も、この面子の中で堂々とカミングアウトも出来ず一燈は冷や汗を流す。 今ここでバラすのは危険だと逃げ場を算段する一燈。 おそらくこれからも一燈の周囲には危険が待ち受けている事だろう。 ドタバタラブコメでした。三部作にお付き合いくださりありがとうございましたv 実は両想いだった二人なのです。 |