夏のホテルにご用心




 K都の守護家が同じK都とはいえ、市内を離れるのはまずない。しかし、現に志村と細美は倉持所有のリゾートホテルへとやってきていた。
 ちなみに昼間は周囲がうるさくて時生とまともに会話出来なかった一燈である。ぜひその水着姿をじっくりと見たかったのであるが、光樹いわく、今にも襲いかかりそうな目をしているという事なので自粛したのだ。
 身体の具合はどうなのかと聞くだけだからと、一燈は立ち上がる。
 時生の部屋は少し離れているが、他人の目に触れずに行く事の出来る距離だ。マスターキーも事前に入手済みであるので、その目的がどこにあるか一目瞭然である。
 しかし覚悟の夜這だったにも係わらず時生は留守で、荷物を置いただけの部屋に一燈は時生の帰りを待つことにした。
 五分と経過していないだろう。
「なー? 志村ー。二人で星でも見にいかへん?」
 そこへ何故かミーコまでもが堂々と扉を開けて部屋に入ってくるではないか。
「ってなんでアンタがここにいるん? はっまさか、志村の寝込みを襲いに来たんやなっ」
「テメェと一緒にすんなっ」
 実際は一緒なのだろうが、そこは言う訳にはいかない。
 どうして部屋の鍵を持っているのかという詰問も、互いに薮蛇になるので二人はおとなしく部屋へと戻る。
 苛々と煙草にばかり手が伸びて、空になった箱をくしゃっと握り潰してゴミ箱に放る。言わずともテレビを見て大笑いしていた光樹がすっと立ち上がり部屋を出ていく。
 買い置きが無いのを察したのだろうが、得意の迷子にならなければ吸い終わる前に帰ってくるはずだ。
 面白いテレビ番組でもあれば良いが、こんな時に限って好きな料理番組も無く一燈の苛立ちはさらに増す。
「わーかっ、煙草買ってきたッス」
「あぁ」
 気の利く光樹の行動も心には響かず、ただ労うだけに終わり、一燈は時生と同行してきていたミーコの事を考えていた。
 どうやらハクタクがあの動じなさを気に入っているようで、あわよくば時生の嫁にと考えている節も見える。
 なるべく早く既成事実をつくってしまい、出来ることなら志村の血を継ぐ者をと、時生を説得している可能性もあった。
 そうなれば男の自分はまさに邪魔者の代名詞じゃないかと、ますます気分は滅入る。
 おまけに時生を女のように組み敷いて欲望の楔をその身体に埋めたいと思っているなんて最悪じゃないかと自己嫌悪にすら陥った。
 自分の出る幕ではないと解っていても、どうしても時生を諦められないのだ。
(恋ってやつかよ? ありえねぇ)
 否定しても感情は正直で、欲望は時生を欲する。
 それにしても時生はどこに行ったのだろう。ハクタクの姿もなかったから安心していて良いのかもしれないが気になるものは仕方がない。
 否定したり肯定したりと忙しい中、唐突に光樹が話し掛ける。
「ねぇ、若。時生さんなんかより、この俺にしません?」
「はぁ?」
 八年前に拾った少年は潤んだ瞳で一燈を見つめている。確かにカワイイとは思うが、光樹は一燈にとって弟のようなものであって家族の一員だ。
 その光樹がじわじわと一燈に躙り寄る。
「俺では若の萌えには程遠いかもしれませんが、若の為なら尻の一つや二つっ」
「こら、抱きつくなっ何が萌えだ、男には興味ねーってんのっ」
「若っ抱いてっっ」
 意外と強い力で抱きついてきて、ずっと若の事を!!と半分笑いながらの告白のおまけ付き。
 昼間に引き続き、七尾のヤツ人をからかいやがってと、一燈も反撃に出る。
 抱きついてきた手首をひねるようにしてバランスを崩させて光樹をベッドに組み敷いたのだ。
「覚悟しろよ」
 低音の声音に怒鳴られるのではないかと光樹がぎゅっと目を閉じたその時、
「あれっ、一燈さん、この部屋ドアストッパー挟まったままですけど、あっ」
「時生っっ」
 そこに現われたのは愛しい想い人。まさかこで現れるとは、想像もしない出来事に一燈は慌てて身体を起こす。
「……ハクタクが、一燈さんが呼んでるって言うから来てみたんですが、お楽しみの所を失礼しました」
 バタンと音を立てて扉が閉まる。
 下を見ると、無残にもドアストッパーはありえないぐらいに潰れてしまっていて。
「ちょっ、時生っっ!」
「いやーさすが時生さん、力強いっスねー」
 身体を起こして、あっドラマ始まるんで部屋帰りますねーと退室した光樹に一人残された一燈は、夏の海よりも夏のホテルよりも、やはり自分の周囲が一番危険なのだと悟ったのであった。




次は大浴場でどっきりラブアタックやよ。

多分、続く・・・、かも。



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