今そこにある危機
時生が外出だなんてある訳がないと、今までだって直接に行って会えなかった事などなかったから、連絡などせずに一燈は玄武寺へと向かう。 引きこもってばかりで不健康極まりない時生を連れ出してやろうと常々思っているのだが時生は外食や買い物、さらには髪を切りに行く事もしないらしい。 広い寺とはいえ狭い世界あるし、一人きりになってますます殻に閉じこもるようになった時生。 このままではいけないと世話を焼いているが大義名分だという自覚もあった。 20才をとうに過ぎてなお5才も下の男に惚れた弱味か。自嘲しつつも一燈は勝手に上がり込み、案内しようとする式神に必要ないと断って、奥へと進む。 すると意外な事に時生の部屋から話し声がするではないか。 ミーコとか言ったか。いや、聞こえてくるのは男の声だ。 不審に思いつつ障子を開けると、そこには布団の中で身体を起こしただけの時生と男が談笑していた。 枕元には水差しと一人用の土鍋。 こちらに背を向けて座っているのは見知らぬ男だ。 確実に時生よりはいい体躯をしていて筋肉質な腕がシャツから覗く。 「一燈さん!」 時生がこちらに気が付いて笑顔を向けてくる。 それに反応して男がこちらを向いた。 髪は短く色も違うが一燈自身に酷似している。まるで鏡を見ているかのようだ。 そして時生をよく観察すれば、浴衣の帯は結んだように見せかけているだけだし、頬も赤く息も乱れている。 こいつら何をしていた? 様子を伺って、ある事に気付く。この目の前にいる自分に似た男が式神だという事に。 「それってダッチワイフがわりか?」 むしろバイブと言うべきか。 「なっ!! 彼は下働きで……。主に力仕事をしています」 少し怒ったかのように、慌て否定する様子がますます怪しい。 「ホントは独り寝の寂しさを紛らわしてんだろ」 近くに都合の良い『おもちゃ』があるのだから時生が電話してこないのも尤もだ。 「あんたがオリジナルかよ。時生には俺がいるんだからさー、通い妻みたいなマネ止してくれる?」 「あぁ?」 「あんたがさ、時生を苦しめてんだよ。俺はずっと時生の側にいて時生を守る」 「何が守るだ。式神のくせしやがって」 ハクタクが作った式神だけあってよく出来ている。 だが気に入らない。こいつは時生の事が好きらしいのだ。 暫くのにらみ合いの末、式神が挑戦的な笑みを見せる。 「そういやアンタ時生の、……にホクロあるの知ってた?」 知ってるとも! だが裸にならないと解らないはずだ。 「見せたのか!時生!」 「無理矢理見られたんです!」 無理矢理!? 顔色が変わったのを敏感に察してフォローが入る。 「実は先日から熱を出して寝込んでいたんです」 意識朦朧となり、身体も自由が利かなかったため、身の回りの世話に男手が必要になったのでハクタクがこれを作ったのだという。 「で、俺が時生の世話をしてた訳だ。もちろんあっちの世話もな」 「なんだとっ」 マジか? 時生を見ると顔が赤い。まさか時生は自分そっくりの式神といい仲になったというのか? 確かに、細美家の当主としての役目もあるしいつも一緒にはいられない。 おまけに寝込んでいても知らないままで。 時生が他に安らぎを求めるのも解る。解るのだか、沸き起こる嫉妬は制御出来そうになかった。 「俺が動けない時生を湯浴みさせたり、着替えさせたりしてんだよ。毎晩一緒に風呂入って隅から隅まで洗ってんだ!」 喧嘩腰な式神にこちらも限界だった。燃やしてやりたかったが時生が止めに入る。 「すみません、独占欲強くて。自我が芽生えてきて困っているんです」 式神の事ですから許してやってくださいと、この式神を庇う時生にも腹が立つ。 まさか抱かれて情が移ったか? 独占欲なら俺の方が強いに決まっている。 「今日から俺が時生の世話をする。だから式神の術を解け」 燃やすと言われ、式神が悔しそうに自発的に元の紙に戻る。 「一燈さん…」 強引過ぎた事に怒るでなく嬉しそうな時生。やはり寂しかったのだろう。 「もう身体大丈夫なんだろーな」 「はい」 「携帯、使えよ」 「はい」 「ちゃんと毎晩声を聞かせろ」 「で、これから時生のイイ声聞かせてくれるんだろ?」 「一燈さんっ!」 案の定合わせただけの浴衣をはだけさせると、少年らしい身体の前に理性も我慢も消えていく。 しかしまだ本調子ではないらしいのが見てとれるので軽くキスするだけにして、毎晩電話するよう約束させて玄武寺を出る。 一燈がもっと時生に会いに行くべきだと決意を新たにし、そして3日後。 嫌な予感はしていたのだ。 「なんでこいつがいるんだよ」 自分そっくりの式神が、食事を運んでいるところに遭遇した一燈は、やはり燃やしておけば良かったと後悔する。 「徳田の仕込みの手伝いとかだけです」 今は一緒に入浴はしてません!そう言って庇う時生。 「あんたのせいで時生の部屋に立ち入り禁止になったんだよ」 当たり前だ! 時生と風呂なんざ100年早いっ。 式神ならぬ色神に一燈はひそかに対抗心を燃やす。 「おいっ時生!料理なら俺に任せろっ」 そう言って玄武寺に居座ろうとするのを止めるために朱雀庵の面々が四苦八苦したとかしないとか……。 |