響き渡るは除夜の鐘




 だから雑誌の取材などお断わりだったのだ。
 某有名な食通向け雑誌の取材。時々特集で組まれるほど蕎麦は、マニアの多い食ジャンルの一つだ。
 朱雀庵でも蕎麦粉の挽き方から拘っているし、小麦粉との配合だって季節によってグラム単位で変わる。勿論ダシも丁寧な仕事を心がけているから美味しいと言われると嬉しいものがあった。
 そして、美味しい蕎麦屋として取材を受ければ客が増えるのも自明の理であるが、こうして忙しくなると後悔もしたくなるというもの。
 今日は大晦日なので年越蕎麦を求める客も多く、まさに蕎麦屋のかきいれ時に加え雑誌の影響で例年以上の予約が入っている。
 何時間もぶっ通しで働いているというのにまだ先は見えない。
 そんな中、一燈の携帯電話が鳴り響く。着メロを変えているので誰からかは一発で解るのだが、それを聞いた瞬間、一燈の表情が変わる。
 愛しい恋人からの電話に、今まで頭を占めていた蕎麦など取るに足らない問題に成り下がっていた。
 慌てて出ると、唐突に時生が切り出す。
『……会いたいんです。ダメ、ですか?』
「ったく。こんな大晦日に電話ってオマエ」
 一番忙しいって解っているだろう?
 今だって、蕎麦粉を配合しようとしていたのだ。
『とても一燈さんに会いたくなって……。すみません』
「いや、謝る事じゃねーし」
 普段は大歓迎だ。可愛い恋人が会いたいなんて天と地がひっくり返ったに違いなくて。
『会いたいだなんて変な事言ってすみません、電話切ります』
「待て、待て!」
 これは試されている。愛しているって言葉が真実かどうか試されているのだと察した一燈は電話口で叫ぶ。
 仕事と私どっちがイイの? なんて聞かれたら女ならその場で別れるけれど時生は違う。オレはオマエに真剣だってここで見せなきゃ男じゃないと決心したらしい。
「今から行くからっ、待ってろ!」
 シャワー浴びて! なんて言葉は言った瞬間に却下だろう。そういうジョークは恥ずかしいのか途端に顔を赤らめる。まぁそこがカワイイのだがと考えつつ一燈は立ち上がる。
「おいっ七尾、後は頼む」
 そう言って仕事着を脱いでバイクの鍵を取りジャケットに腕を通す。
「ちょっと待ってくださいよ、若っ」
 こんな忙しいときにと文句もあろうが、こちらも一世一代の恋がかかっている。
「ホント、マジでワリィ」
 裏口から出て行こうとした背中に七尾の声。
「えー、時生さん来てるんスけど? じゃあまぁ、いってらっしゃーい」
「ちょっ、なんだって?」
 それを早く言えっ。
 どうしてだ? と店内に顔を出すと、
「来ちゃいました」
 そこにはにっこりとほほ笑み、ザル蕎麦に箸を付ける時生の姿があった。
「時生……」
 呆気にとられている前で時生は二枚目の蕎麦に手を延ばす。
「やはり年越蕎麦は朱雀庵ですよね」
 携帯電話が無造作にテーブルの上に置かれていて、ここから電話したのだと解る。
 あれは、時生の誕生日プレゼントに買い与えたやつだ。
 面倒くさがって電話はおろかメールすらしてくれないが今日は少し違ったらしい。
 それも時生の悪戯のおまけつきで……。

(あーこんちくしょう、振り回されてる。こんなガキによ?)

 でもそれが心地よい。だなんて……。
「時生、後で説教5時間な」
「えぇっ!」


 説教が何を意味するか。
 今夜は除夜の鐘を聞きつつ煩悩まみれで念願の年越しってヤツを楽しんでやろうじゃないか。





まずは季節外れですみません・・・
そば屋の大晦日は大忙し。でも仕事よりも愛に生きる情熱的な一燈さんでした。一応以前書いたSSの続き。既に身体の関係になっても時生くんがツンなんで(デレの要素ナシ)振り回されてます。でもホントは時生くんも素直になれないだけで一燈さんにゾッコンラブ(死語orz)なのです。
そして初詣は体力的に無理って事で・・・



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