二人きりの夜 *




 たった二人だけの空間。
 そこには時生と一燈の息遣いだけがあり、秘めやかに闇に吸い込まれていく。


 一燈の強引なまでの行為に時生の声が震える。
「痛っ、一燈さん、もう……許してくだ、さい……」
 大きな瞳が痛みのために潤んでいた。
 しかし、時生の哀願に動じるどころか一燈はさらに腰を進める。
「許してだって? 嫌だね」
 意地悪く目を細めた一燈から逃げようとする時生だったが、細い腰を掴まれていて身動きすら出来ない。
「やっぱり、入りませ…んから」
 拒否する時生に一燈は無理矢理挿れようとぐいっと突き上げる。
 その余りの痛みに時生の双眸から涙が落ちた。
「これぐらいで泣くな。欲しいって言ったのは時生だろーが」
「……そうです、けど」
 欲しいと恥もなく請うたのは自分だと自覚があったが、まさかここまで入らないものとは思わなかたったのだ。
「痛いですっ!無理です」
「我慢しろ、もうちょっとで全部入る」
 力を抜けという一燈に時生は頭を振る。
「入りません!」
「がたがた言うなっ男だろ」
 逆切れした一燈に時生も反論する。
「男だからこそです!」
「そりゃそーだが…、そもそも時生から欲しいって言ったんだろうが」
「だって、」
「それとも俺をからかったのか?」
 怒ったような一燈に時生は慌てて否定する。
「違いますっ」
 ずっと胸に秘めてきた想い。それを一燈に打ち明けるつもりはなかったのだ。なのに我慢出来なくなるなんて。
 帰らないでと引き止めて、貴方が欲しいと唇を奪ったのも時生からだ。 それなのに、一燈の行為を拒んでしまっていて……。
 情けなさに時生は唇を噛み締める。悔しくて涙が零れた。


「やめた、やめた。興醒めだ」
 時生の上から退いた一燈は煙草に火を点ける。
「ったく、どういうつもりだよ」
 抱いてくれと迫る覚悟があるのかと思いきや、蹴りそうな勢いで拒絶してきた時生。今は突っ伏していて表情は見えない。
 苛立ちのまま時生の答えを待っていると、珍しく気弱な声音が返ってくる。
「……身体が。少しずつ僕じゃなくなるんです」
 いつかヨーマと同化して、意識までなくなってしまうんじゃないかって……。この気持ちが無くなってしまうならいっそ玉砕してしまうほうが諦められると思ったんです。
 そう打ち明けた時生の肩が震えていた。
 途端に一燈は身体が熱くなる。
「やっぱヤらせろ」
 お互いに当主となって、一燈も一度は時生を諦めたのだ。
 どんなに愛していても、当主として伴侶を娶り次世代へと血を繋ぐべきで、そんな行動は時生を傷付けるだろうと。
 そして今日までずっと、いたずらに時生に愛していると伝え、混乱させるべきではないと自制し続けてきた。
 だが、時生が縋り付いてきて不器用なキスをしてきた時、衝動を抑え切れずにその場に押し倒してしまっていたのだ。
「俺も時生の全部が欲しいんだよ」
 知らなかっただろうなと、一燈は苦笑いをみせる。
「今度は泣いても止めねーかんな」
 遠慮する事ないと知ってしまったのだ。一燈は時生に覆いかぶさるようにして、再度快楽という媚薬を時生へと与えていく。
「一燈さん…」


 たとえ、一瞬の間でも永遠を信じていたい。愛してると囁く言葉は嘘ではないのだから。

 今夜だけしか二人きりにはなれないのだとしても。

 今だけは、二人きりの夜。







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