嘘つきな唇 7




 この週末も出かける準備をしている馨の背中を僕は見つめる。
「今夜、帰らないから」
 覆せない事だとでも言いたいのか早口で言った馨に僕が苛立つのも尤もだろう。
 どうして? 夢に見て魘される程に恐い思いをしたのに?
 それ程に奴の事が好きなのだろうか、無理に犯されたのも許しているのか。
 二人は付き合い始めて日は浅い。いつかは身体の関係になると覚悟していてもたまたま男が焦って行動に出ただけで、結果的には無理矢理だったかもしれないが、そんな男の行動も好きなら許して当然だ。
 やはり馨はあいつを好きなのだ……。




 背後から見つめる光の視線が痛い。
 心配してくれているのだ。本当は僕だって気乗りはしない。
 おそらく今夜も押し倒されたりするかもしれない。もしくは延々とどれだけ愛しているか訴えられる事であろう。
 だけど大丈夫。僕の心はそんな事では揺るぎはしない。ハニー先輩から護身術だって学んでいるし自分の身なら守れる自信はある。
 何よりも覚悟はしているし、第一に何も考えずにいる訳でもない。
 なのに僕の行動が気に入らないのか光は口を出すタイミングを計っているようだった。
 そしておもむろに口を開いた光に僕が驚かされる番であった。
「あの男と、いや男とセックスするのも付き合うのもやめた方がいい」
 常陸院の名を汚すと付け加えた光にまさか知られていたとは思いもせず僕は一瞬にして言葉を失っていた。
「……、光、知ってたの?」
 いつからだろう。
 いつから光に知られてしまっていたのだろう。
「知ってて彼女だなんていう僕を笑ってたんだ」
 僕の姿が光の目にどれだけ滑稽にうつっただろう。
「笑ってなんかない!心配してるだけだ」
 必死の形相の光。そうだよね、弟の僕が男と付き合って身体まで許しているだなんて光には絶対にして欲しくない事に違いなくて、止めさせられるならどんなに親身になってでも説得しようとするだろう。
「そう心配ね、ありがとう。でも心配なんていらない。大丈夫だから」
 僕はそんな事じゃ止められない。僕は光を守るために、僕から光を守るために決意したのだから。




 僕の目の前で、扉が閉まる。

 僕達の関係はこうして壊れていくのか

 大人になるのとはまったく違う別離に寒気がした。







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