夏の夜の夢





 この世の中で一番始末に悪いのは中学二年男子だと、そんな根拠のない一文をどこで目にしたのかと光は考えてみて早々に諦める。
 多分子供から大人になる階段が急になるからだろうと光は馨の後をついて歩きながらもぼんやりと考えていた。
 そんな事よりも……。
 夏の日差しに、少しでも影を歩いてやれと思い一歩下がってはみたものの、馨の水着で隠れている部分に、つまりお尻にばかり目がいってしまい、前かがみにこそならないが真っすぐに歩くのもままならない光である。
 おまけに真昼の太陽は影など辛うじて踏める程度でしかなく……。照りつける太陽の熱に侵食されるかのように、脳は水着を着ていない馨を想像、ならぬ妄想を始めてしまう。
 思い起せば、中学三年の春にホスト部に入った頃から馨が一緒の入浴を拒否するようになったので、光は馨の裸をもう一年以上見ていない。
 それがまた馨への想いに気が付いた頃からだったので下心がバレたか? とも思った時もあったがどうやらそうでもないらしい。
 目を閉じれば過去の幼い馨を思い出せるが、恋する少年としては、是非今の馨を拝んで見たいというのも無理ならぬ話であろう。
 ちなみにここは鳳家の別荘で所有しているプライベートビーチで、向こうには専用のマリーナも見える。
 ホスト部の合宿で二泊三日と短い旅行ではあるが、恋する少年にとって好きな人間との旅行というのは夏の解放感もあり、少なからず期待をしてしまうものなのだろう。
 勿論の事ながら双子の片割れともなると新鮮味には多少かけるだろうが、こうして半裸を目にする機会に恵まれ普段は信じてもいない神様に光はお礼の言葉を呟く。
 そんな訳で……。
 膝より少し上程度の水着だから露出は少ないが、しなやかな若木のようなその背中のラインにノックアウト寸前の光なのである。
 もちろん、一センチたりとて違いの無い身体であるからして、『自分を鏡にでも映しとけば?』などという至極尤もなツッコミは遠慮願いたい。
 遠浅の砂浜を馨の足跡を辿るように歩きながら、そろそろ一人お尻観賞会にも飽きた光が馨の隣へと歩を進める。
「なぁ馨ー、どこまで行くのさー」
 広いビーチと言えども、もうすぐ砂浜も終わる。泳ぐのかと思い、ついては来たもののそんな様子の無い馨に光は問うてみたのだ。
「んー、もっと人目につかないとこが良いんだけどなぁ」
 そう言った馨の甘えたような声音に光の心臓は期待に膨らんでいく。人目につかないところを探しているという言葉にすら興奮をしてしまい言葉がうまく出てこない。
「あああ、あっちの岩場は?」
 やや大きな岩が転がり、波飛沫も高い。プライベートビーチで一般人の侵入もなければ、よほどの事がないかぎり人目にすらつきそうにもない。
 しかしどうして馨はそんな隠れた場所を探すのか………。つい期待したとしても仕方がないだろう。なにしろ光は恋する悲しき青少年なのだ。
「えー、ヤダなー。背中、痛くなりそう。光の膝も痛くなっちゃうし……」
 不満を口にする馨に、光は目眩までをも覚えてしまう。立派に平静を保ってはいるが、一歩間違えれば踊りだしてしまいそうだった。
 まさか。馨から誘ってくれているなんて夢じゃなかろうかと光は頬を抓ってみる。
 そしてその痛みに夢じゃないと確認して光は馨に手を伸ばしかけて躊躇した。
 何故なら……。
 いつもなら必ず、特に馨と二人っきりの時には絶対に持っているモノを持ってきていないことを思い出したからだ。
 旅行用のカバンの中にはキチンと入れてきたし、今夜眠るベッドにも仕込んであるのに、こんなチャンスが巡ってきた時にゴムと潤滑剤を忘れるなんて!!
 後悔に拳を震わせる光に馨が笑みを向ける。
「ねぇ、光。こっちとこっちどっち使った方が痛くないと思う?」
 愛らしく微笑む馨の両手の中には小さなボトル。
 それは、まさか……?
 男同士では必須と言われている潤滑剤だろうが、馨が用意してくれているとは思わず、感動と緊張でうまく声が出ない。
 もしかしてナマはOKなのか? と思うだけで疼きが光を襲う。
「こっちにしよっと。えーと、誰も見てないし、この辺でイイよね?」
 そう言ったかと思うと、馨は水着の紐を解き、腰の辺りに親指を差し込んでゆっくりと下ろしていく。
 動揺のあまり直視できなくて下を向いていると馨が水着から足を引き抜くのだけが見えた。
 光の心臓が早鐘を打つどころかむしろ踊り狂っている。
「どうしたのさ、光。早く、お・ね・が・い」
 まるでハートマークが語尾についていそうな馨の言葉に、光は意を決して顔を上げる。


『父さん母さんごめんなさい、僕! 男になります!!』





 そんな光が目にしたのは。






「もう少し焼きたいんだよねー、健康的な色に。あーサンオイル、右の方でヨロシク。ムラにならないように塗ってよね。前みたいに手形とか残ったら口きかないから」
 そう言いながら浜辺にシートまでひいて俯せになっている馨。勿論、全裸などではなくて競泳用のような際どい水着で寝転がっている。
 「早くしてよ」と急かす弟の背中に青少年ならぬ性少年らしき下半身の疼きに耐えながら光がオイルを塗ったのは言うまでもなく……。






『どうせなら全身に塗ったげようか?』
 言い終わらないうちに最後の一枚を脱がしにかかると、その手を馨が制止する様子だけをしてみせる。
『光のエッチ』
 その濡れた瞳が何を語っているか一目瞭然で、薄い布越しにその変化が手に取るように判る。あと五センチも下げれば馨のあられもない姿が見れるだろう。
『ここなら誰も見てないから、脱いじゃいなって』
『ヤダ、恥ずかしいよ。光も……、一緒に脱いでくれる?』




 朝焼けの空と窓の外にはキラキラと光る海。
 昼間の影響で無駄な夢まで見てしまい、光は高校一年男子も案外始末に悪いものだと、隣で眠る弟に手を出す事も出来ずにがっくりと肩を落としつつ朝を迎えたのだった。








 そして新学期。
「わー、馨くん。焼けたねー」
 クラスメイトの言葉に馨の機嫌は悪い。
「あそこまでお膳立てしても手を出さないってどういうつもりだろうね」
 待ってるんだけどなぁ。そんな呟きを聞き逃さなかった、勘の良い彼女が笑う。
「ホント、光も馨も面倒くさいねぇ」

 ハルヒの笑顔に、馨は困ったような戸惑ったような複雑な表情を見せていた。



 続く?





光は、馨を好きで好きで好きでたまらんっっぐらいが良いです。(キッパリ)
もちろん馨も光が好きなのはもちろんですが、より光の方が馨を好きで好きで…(以下略)

馨の誘い受けでいつか光が…なカンジですが、こんなおバカな光で、いつになったら結ばれるのか定かじゃありません…orz
カッコイイ光も書いてみたい…、いやむしろ人様のを読んでお腹イッパイな今日この頃です。






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