LAST PARTY




 常識という最後の砦を崩してしまった行き過ぎた兄弟愛は、突然第三者の介入によって引き裂かれた。


 明日の招待客としてこのホテルに宿泊する事となり、久しぶりに再会した光と馨は四年近くの歳月が二人の間を流れていた事を思い出していた。
 正統派フレンチ料理の店も本来なら盛況なのだろうが今夜は貸切だ。一番人入りの多い時間帯だったが、二人がこうしてサービスを受けているのは個室よりもゆったりと寛げるだろうとの店側の配慮である。
 すべては常陸院の名のおかげであろうが、過剰なサービスに一喜一憂する年ではない。
 店のサービスですと、聞き飽きたセリフと共にシャンパンとケーキが振る舞われる。ここまではよくある事なので黙って頷くだけだ。
 しかし店の従業員が緊張した顔つきで二人の座るテーブルの横で『ハッピーバースデ〜イ』と歌いだした時には光も馨も閉口せざるを得なかった。
 女子供じゃあるまいし、そんな在り来りなサービスをするならそれを喜ぶ人間を見極めてしてほしい。
 流石、須王系列のホテルだと料理の味に満足していたが今ので台無しになった気分だった。
「誰、予約の時誕生日言ったの」
「勝手に調べたんでしょ、ウザい」
「「ヘタなハモリって聞き苦しくって仕方ないんですけど?」」
 四年ぶりの再会であったが面白いほど呼吸は同じで思わず視線を合わし二人は表情を緩める。
「止めんかこの悪魔双子ども」
 恐縮している店の人間をフォローするかのように明日の主役が表れる。フランス人ハーフのこの男は高校生の時よりもその輝きを増したかのようだった。
 その須王環の一歩後ろで鳳家の後継者となった鏡夜が彼なりの制止をしてみせる。
「別に止めはせんが、それ以上飲むと明日のスピーチに支障が出るぞ。まぁ俺としてはお前たちにスピーチを頼む環の気がしれんがな」
 彼の言う通り少しペースが早い。
 光が店を試すかのようにワインを注文するからだったが、大っぴらに飲めるというのはたがが緩むものなのか。
「「独身最後の夜を鏡夜先輩とですか? あやしー」」
「バカ者っ、俺は鏡夜と明日の二次会の打ち合せの話をだなぁ」
 しどろもどろの環がその実、鏡夜と恋人のような関係だった事を二人は知っていた。環がハルヒと結婚する事になって、鏡夜と環、二人の間に何があったのか勘繰ってみても事情は解らない。
 ただ環がハルヒを本当に好きなのは誰でもが知っていた。また鏡夜がメリットを優先させただけではないという事も……。
 明日の披露宴はこのホテルで行なわれるのだから環と鏡夜がここにいてもおかしくはないし、ホテルのオーナーとしてレストランに友人の常陸院が来ている事などマネージャーから知らされているはずだ。
 一言挨拶をと立ち寄ったのだろうが、このメンバーが顔を会わせるとまるで高校生の時に戻った錯覚に陥った。
「良いよなー、殿はハルヒと結婚しちゃってさ」
「で六月の花嫁ですか」
「「殿って案外夢見てるよねー」」
「よりによって明日披露宴だなんて、僕達の誕生日の翌日なんですけど? プレゼント代わりに幸せそうな姿見せ付けるなんて、殿のくせに良い度胸してるよ」
「ホラ殿ってさぁ、ハルヒのお父さんみたいなものだなんて言ってたのにさぁ、ちゃっかりハルヒにお父さんにしてもらってんの」
「「やーらしー」」
 双子の連携プレイにたじたじとなった環に、鏡夜の「あまりいじめないでもらえるかな?」の一言に形ばかりの無礼を詫びて二人は再び二人だけでテーブルの前に座る。
「あーあ、ハルヒと結婚したかったよな」
「同意を求められても……。光じゃん、ハルヒと結婚したかったの」
「三人で、だよ」
「無理言わないって」
 光の言い分に馨は苦笑する。
 そんな非常識な所が相変わらずで懐かしくて涙が出そうだった。
「ハルヒが殿のものになっちゃったから、後は僕達だけで結婚するしかないね」
 単純な引算なのにどんな公式にも、いや常識にも当てはまらない答えを今でも光は求めていた。
「同性でおまけに兄弟で結婚できるとこってあったっけ」
 淡々と答えた馨に光は口を尖らせて、次にワイングラスに口を付ける。
「ちぇっ、つまんないの」
 馨の反応が光の望むものでなかったからだろうが、昔のように感情のまま憤りをぶつける事はしない。
 豊潤な赤の匂いと色と味を確かめるようにグラスを揺らしていた光に馨が質問する。
「どうしてた?」
「馨は?」
「「まあまあ、それなりに」」
 それだけで四年の歳月が埋まる訳でもないが、やはり血の為せる業なのか、理解するのに時間は必要ない。
「とうとう20才かぁ」
 誕生日が嬉しかったのはいつまでだったか。
 特に光にしてみれば、誕生日の翌日が環とハルヒの披露宴とくれば面白くないに違いない。何しろ女の子に恋したのはハルヒが初めてだったのだ。
 

 ふと、あの時の事が昨日の事のように蘇ってくる。


 16才の誕生日の夜。
 どちらが言い出したか。
 キスが悪戯でなくなってお互いへ感じた欲望のままに結ばれた。
 幸せだったから。
 情欲の後が残るベッドを片付けるという知恵がなかったのは必要を感じていなかったからだ。
 部屋はメイドが掃除するものと決まっていたから、物言わぬ者と勘違いしていた。
 そして自分達はまだまだ庇護及び指導監督される身だったのだ。
 

 メイドが報告したのはごく当たり前の事だろう。



 光には何も告げられないまま馨を留学させると決めた祖母。怒鳴り込んだ光の目の前には無言の祖母と項垂れた馨。
 その部屋にいるだけで彼女の怒りが伝わってきて光は己れの無力さを知った。
 祖母から会う事も電話する事もメールする事も禁じられた四年間。忠実に守ってきた馨と渋々受け入れた光。
 先々月に祖母が他界して四年ぶりに帰国した馨と、常陸院の後継ぎと披露された光が二人っきりになるのは今夜が初めての事だった。
 明らかに避けているのを追及する事はなかったが、決して屋敷には立ち寄ろうとはしない馨と食事を兼ねて会えたのは、披露宴のスピーチで打ち合せしたいと強引に申し出たからだ。
 やっと二人きりになったのに、まるで何もなかったかのように時間は過ぎていく。
「このまま年とってさぁ、10年後も20年後もこうして祝えたら良いよね」
 馨の言葉は家族としての兄弟としての言葉で、光は流れた四年を思い知らされた。
 その腕に抱いて愛を囁いた事を唯一の支えとして生きてきたのに、彼は忘れてしまったのだろうかと……。
「ハルヒが殿を幸せにしたみたいには出来ないけど、僕だって永遠を誓うことは出来るよ。あの時からずっと気持ちは変わってないから」
 光は用意してあったカードキーを差し出す。このホテルの中でも一・二を争うほどの部屋だったが、鍵を渡すという行為の意味を解らない人間はいないだろう。
「力の無かった昔とは違う。今度こそ離さないから……」
 祖母にばれないように連絡する事も会う事も出来たが、光は己れの腑甲斐なさから馨と別れなければならなかった事を後悔し、自分を研くことに時間を費やした。そして次があるなら確実にその手を離さないと決めていた。
 しかし、それは馨もまた同じで、己れの腑甲斐なさから越えてはならない垣根を越え、もっとも大切な光を汚してしまったと後悔していたのである。
 誰よりも愛してるから……。
 馨にしても光の言葉が嬉しくないはずはない。
 生まれてからずっと二人でいすぎたのだろう。四年の歳月が無かったと感じられるぐらいに絆は今でも深い。
 それでも……。
「来年も帰国するって約束する、一緒に誕生日を祝おうよ?」
 その頃になったら光も婚約者ぐらい紹介してくれるんでしょ、と馨の言葉に光は傷ついたような表情を見せた。
「馨って名前の子しかいらない」
 呟くように口にした言葉は酔いを理由に都合良く消されていく。
「ほら、バカ言ってない。明日は『須王』と『常陸院』の繋がりをアピールする良い機会なんだからね」
 空になったグラスにワインを注ごうとしたギャルソンの手を止め、馨はミネラルウォーターを注文する。
 そんな仕草を見逃すまいと見つめる光。
 馨の覚悟を尊重するのは不本意だったが、受け入れるべきなのだろうと光は差し出したカードキーを仕舞う。
 環と鏡夜もこんな気持ちで互いの想いを友情へとすり替えたのだろうかと考えると光はまだまだ己れの器の小ささを自覚させられた。
「ハッピーバースデイ」
 同じくミネラルウォーターでグラスを満たし、目の前に掲げる。
 バカラのグラスだろうが、軽く合わせてやるとまるで二人の終わりを告げるかのように澄んだ音色を響かせた。


 二人だけのパーティーは多分これが最後。
 そんな確信に近い予感がした。







ハピバテキスト第二弾です。
でもでも自分で書いてイヤんな気分。
誕生日なのに誕生日なのに……ラブラブ(死語)にしたかったのにィィィ
多分余所様でステキなイラスト&テキストが見れるから異色でイイかーなんて妥協してみたり。
文才と発想力ないのは自覚してますし、脳味噌理数系なんで……っ言い訳かorz
いいんだいいんだ、ただの妄想垂れ流しなんだから(開直り)

ちなみに脳内で補完しておいてください。
最後は必ず二人は結ばれると!!!!(強調)

じゃないと私がイヤンです。
鏡夜と環もなにげに別れさせちゃっておまけに環ハル。さらに光と馨も別れるなんてイヤすぎです。



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