「何か気に障ったのかな」 いつもそうだ。昔のようにぶつかり合うことはないが、何故かそれが物足りなさすら感じる。 先に降りていったヒカルの華奢な後ろ姿をみつめる。胸の奥が締め付けられるのは何故だろうと……。 恋という言葉に無頓着でさえなければすぐに気が付いたかもしれないその痛みに塔矢は眉目を寄せた。 確かにあの季刊誌の特集は少々行きすぎたようではあったが母や市河さんには評判が良かった。 母は「アキラさんもいつの間にか大人になったのねぇ」と感慨深げに漏らし、市河さんに至っては「とっても素敵だったわ」と何故か赤い顔をしていた。 別に進藤に誉めてもらいたかった訳ではないが、どこか気に障ったのだと思うと悲しくなった。 昔のように前髪だけ金色にした彼は、どこに居ても目立つ存在だったし、囲碁の実力も半端ではない。 あの大きな瞳に見つめられるだけで体中に電気が走るような思いを何度も味わった。愛らしい頬のラインやふっくらとした唇、滑らかな肌からはとても同じ年の青年とは思えない。 もちろんこの観察は対局中に長考している彼を見て思ったことなのだが、塔矢にとって囲碁と進藤ヒカルは切っても切り離せない存在だった。 部屋に入ったヒカルは机のなかに隠すようにしまった例の本を取り出した。IGOboyと英文字で書かれたその雑誌が件の季刊誌だった。 そのうち10ページに及ぶ塔矢の写真の一枚は、いつもの堅苦しい服の首元を少し緩めて、なんとも艶のある双眸がこちらを見つめている。 「意外とあいつ、いいガタイしてるよなー」 思わず呟いてしまうようなグラビア。少女よりも綺麗な面立ちだった塔矢の身体は自分よりも筋肉がついていて、いつの間にか大人の男を感じさせるようになっていた。 そのグラビアの端には邪魔にならない程度の対談があったがその内容はさっぱり頭に入ってこずヒカルはただただそれを見つめる。 思わず購入してしまったその雑誌は塔矢のページだけがくたびれ始めていた。 父が心筋梗塞で倒れてからというもの、健康には十二分に気遣うようにと母の頼みで通うようになったスポーツクラブ。 手合いで緊張した身体と頭を解すには丁度良い程度の運動でもアキラの身体は他の棋士達よりは鍛えられていた。 引き締まった身体と腹筋だけ見れば、インドア関係な職種に就いているとはとても思えずまたその端麗な容姿から声を掛けられる機会も多かった。 だが、頭の中を空にすればするほど囲碁の事が浮かぶ。前髪を金色にさせた彼が浮かんでは消える。次の手合いは何時だろう、次に逢えるのはいつだろうと。 いつだったか緒方が研究会に誘ったという。もしその時に彼が来ていれば同じ門下として望んだときに碁を打てただろうに。 考えても埒のない考えをアキラは振り払う。凡そのスケジュールなら解るし今日のように棋院で逢えるのだからと……。 |