東洋美人
「ねぇ、おばさん。塔矢っていつからあの髪型なの?」 大切な一人息子であるアキラさんの彼氏、いえ彼女というべきかしら。進藤君から唐突に訊ねられたのは梅雨も明けようという七月のある日の事……。 正直に言って迷ったわ。こんな事話していいのかしらって。 でも、進藤君はアキラさんの恋人だし、私にとっても大切な息子になる人かもしれない。 だから私、全てを話す決心をしたの。 「進藤くんには話しておかないとね」 アキラさんが生まれたのは雪の降る寒い日だったわ。難産の末に生まれた我が子に、何があろうと自分の名前の一字を付けようと決めた瞬間でもあったかしら。 標準より少し大きめで生まれたアキラさんだったけれど、他の赤ちゃんと同じで泣くのがお仕事だったわ。 今でこそ、とても凛々しく成長したけれど、新生児期のアキラさんと言ったら……。今度写真見せてあげるわね。 あら要らない? とても可愛いのに。 それから二年、私の悩みもピークに達したわ。と言うのはね、アキラさんの髪がいつまで経ってもうぶ毛のままだったのよ。 一つ違いの従妹はね、生まれたときから黒々とした髪で、一歳になる頃にはくせ毛が愛らしくカールしていてまるで西洋人形のようだったわ。 私、アキラさんが不憫で不憫で。……ごめんなさい、近頃涙もろくって。 だから私、実家の近くにある真冬の海に潜って観音様を探したわ。そしてそこで見付けた観音様をお祭りして『アキラさんの髪が伸びますように』と毎日お祈りしたの。 それから暫らくしてアキラさんの髪が伸び始めたのよ。嬉しかったわ……。 観音様からいただいたアキラさんの髪だから私は大切にしようと思って、ずっと伸ばし続けたの。 さすがに背中まで伸ばしたときには行洋さんが、『切りなさい』とおっしゃったけれどね。でもね切った翌日に行洋さんったら、棋院で転んで怪我までしたのよ。 試行錯誤の結果、あの長さより短くしようとすると、何かしら祟りがある事が解ったの。それからよ、アキラさんのあの髪型は。 あら、進藤君? どこへ行ったのかしら。まだ話の途中だったのに。 青い顔をしたヒカルの説明にアキラは呆れたように呟く。 「で、君はそんな馬鹿げた話を信じたのか?」 「だっておばさんすごく真剣だったし」 「誰が真冬の海で観音像を探すって言うんだ。それに母は長野県の出身だ。一体どこに海があるっていうんだ」 「でもその髪型……」 「君は日本昔話にある髪長姫の話をアレンジされたのを聞かされただけだ」 「そっかぁ……」 ホットひと息付いたヒカルにアキラは… 「この髪型は塔矢家に代々伝わる子供の神様にあやかって、次の子供が生まれるまで保たなければならないだけだ」 と、さらに驚くような発言をしたのだった。 それはどう考えても…… 「って座敷童かよっ。なんかその方がイヤなんだけど……」 「まぁ、僕達の間に子供が生まれれば僕だって普通の髪型に戻るさ」 「……その前に俺達の間にどうやって生まれるか聞きたいぜ」 それ以後ヒカルはアキラの髪型改善については言及しなくなったという……。 本当にアキラさんも進藤君もまだまだ子供ね。私の作り話を信じるなんて。二人ともいつ気付くのかその方が心配だわ。囲碁ばかりしていて常識にはまったく疎いんだから……。 だから、男の子に恋なんかするのよね。どこか知らないお嬢さんより、進藤くんの方が可愛いから許せるけれど。 子供っていつかは親から離れていくのだけど、まさか彼氏が出来るとは思わなかったわね。 それにしても、もうすぐアキラさんも18才になるのだけれど、いつまであの髪型してくれるのかしら? 20才にもなってあの髪型だったらさすがに本当の事を話してあげた方が良いのかもしれないわね。 塔矢明子は、広い屋敷を掃除しながら一人笑みを浮かべるのだった。 なんというか、生活と同人と仕事の合間の息抜きです。お目汚しました。 |