東京から大阪までは飛行機で、そこからは特急に乗り換えてアキラとヒカルは和歌山県の白浜へと一泊二日の旅行に来ていた。
「どうせなら花火大会の日に来たかったよなぁ」
ヒカルは旅行ガイドを見ながら、計画をたてたアキラを盗み見る。
「その日は無理だったんだから仕方ないだろう」
もう、五度目になるヒカルの不平を聞きながらもアキラの表情は明るい。
トップ棋士として名声を得る昨今ではあるが、その分恋人との時間が激減。このままではまずいと旅行を計画したアキラである。
その休みを調整するためにオーバーワークもこなしてきた。
そして実現した旅行である。アキラにとっては待ちに待ったヒカルとの旅行なのであるからして多少の事で怒る訳が無かった。
ホテルに到着して荷物を置くと、そこから二三分の浜辺へと繰り出す。
「うわぁ、砂が白い。だから白浜っていうのかな」
ヒカルが走って、そのまま海の中にまで入っていく。もちろん周囲は人の渦であったが、アキラの視界にはヒカルしか入っていない。
追い掛けるように一緒に海へ入る。
「ここは白良浜って言って、砂もオーストラリアから運ばれてくるんだよ」
そう説明するが肝心のヒカルは波に向かって泳いで行ってしまっている。そんなヒカルの水と戯れる姿にアキラは相好を崩した。
ひとしきり泳いで浜辺へと戻る途中、アキラの背後を歩いていたヒカルがその後ろ姿を見て感想を漏らす。
「お前って体格良すぎ。棋士ならもっとこうさぁ」
アキラは仕事の合間にスポーツクラブへと通っているのだが、そのためか均整のとれた体付きとなり女の子の視線を一身に集めている。
昔と変わらない髪型も、夏仕様なのか一つに纏めているのだが、逆三角形の体格からしてとても棋士には見えなかった。
普通、棋士ならもっと貧弱でも良いんじゃないかとヒカルは言いたいらしいがさすがに言葉を飲み込んだ。
それでなくともアキラは見目が良いので不公平だなんて思ってしまうのだが塔矢には言ってやらない。
「進藤も一緒に通えば良いのに」
そうすればデートする回数が増えるのだろうが、それよりもヒカルは碁の勉強を優先にしていた。
「見劣するからTシャツ着とこっと」
日焼け防止も含めてヒカルの明るいオレンジ色のTシャツを着る。本当は日焼け止めを塗ろうかとも思ったのだが、塔矢の前で塗るとなると絶対に塔矢が塗ると言い張るだろうし、ついでに塗ってもらうとなると塔矢に何されるか解らないから、ヒカルは服を着る事を選択したのだ。
「よく似合うよ進藤」
「だろ? ちょっと大きいんだけどデザインが好きだな」
太股が半分ぐらい隠れるほどのロングTシャツは、さっき浜辺の家で一目惚れで買った品だ。
だがそれが涼をもたらすはずもなく……。
「それにしても暑いな」
太陽の権勢は絶対で、ヒカルは吹き出る汗を拭う。
「ビーチパラソルのレンタルしてくるから進藤は待ってて」
そう言うと気の利く恋人は、ヒカルのためならと率先して動く。
「あとさー、コーラ買ってきて」
そんな恋人にヒカルはと言えば遠慮無くお使いを頼むのであった。
約十分後。浜辺に座って待っているのだが、本格的に喉が渇いてきたヒカルの機嫌は悪くなる一方である。
「あいつどこまで行ったんだよ。迷子じゃないだろうなぁ」
一緒に行けば良かったと後悔するヒカルに、肌を真っ黒に焼いた青年の二人組が話しかけた。年の頃は28か9といったところか。
「なぁ、彼女どっから来たん?」
人差し指でヒカルは自分を指すと二人組は『うん』と頷く。
「……東京」
彼女という言葉に違和感があったが、聞かれたことにヒカルは素直に答える。
「うっわーめちゃついてるわー。足細いし、東京の子てホンマ可愛いなぁ」
『話しかけてよかったわ、マジでラッキー』などとほざく二人組にヒカルは冷ややかな視線を送った。
ヒカルは自分でも女顔だという自覚はある。実際性生活は女役なのだが、まさか女に間違えられるとは思っても見なかった。ましてナンパされるとは……。
『全部、帰りの遅い塔矢のせいだ。俺だって一応髭だって生えるんだぞ。三日に一回でも十分だけど。足は生白いからなぁ。やっぱ塔矢とスポーツクラブ通うか』
自分の白い足を見ながらヒカルが考え事をしていると、二人組は調子に乗って話し続ける。
「名前なんて言うん?」
「……ヒカル」
「ヒカルちゃん言うんかぁ、ぴったしやな」
「なぁ、俺らとあっちでかき氷食わへん? 奢りやしさぁ」
バカが二匹……。そう思って聞き流していたのだが、かき氷の奢りと聞いてヒカルの目が輝く。
「マジ? 冷たいの食べたかったんだ」
「ほな、行こか」
『こんなバカなナンパには付き合いたくないけど、帰りの遅い塔矢の奴が悪いんだ。喉乾いてるのに財布は塔矢の荷物の中だしさ』
すっかり大義名分を見付けてしまったヒカルは足取りも軽く二人組の後についていく。 そして、浜辺の家の一つに入ると、イチゴシロップのかかったかき氷を片手に、ヒカルは飲食物の品定めにかかる。
「わー、おいしそうなサザエー。あっイカ焼き食べたい」
「何でもエエよ、注文し。なぁヒカルちゃん、どこ泊まってんの?」
「良かったら今夜一緒に花火せぇへん?」
「このままヒカルちゃんと別れんの辛いわ、マジで。連絡したいし、メアド教えて」
食欲全開モードに入ったヒカルに、二人組はせっせと貢ぎ続ける。
その様子を発見し、青筋をたてつつやってきたのが塔矢アキラだった。
「進藤! どこへ行ったかと思ったら」
あの独特の責め口調でヒカルの腕を取る。
「なんだよ、塔矢が遅いのが悪いんじゃん」
もちろん負けるヒカルではなく、アキラを一瞥するとその手を振り払った。
その一部始終を見ていた二人組は、獲物を取られてなるものかとばかりに、慌ててアキラの前に立ちはだかる。
「よぉ、男前のにいちゃん。悪いんやけど、彼女は俺らと話してんねん」
すごみをきかせたつもりであろうが、誰がどう見てもアキラの視線の方が恐ろしい。
「……彼女? なるほど。そう見えなくもないな」
「うわっ」
ヒカルの叫び声。
あろうことかアキラは、二人組の前でヒカルのTシャツを捲り上げたのだ。
もちろん洗濯板のような男の胸が晒された訳で……。
四人の間に沈黙が流れる。
「……男やったんか。早よ言えや、にいちゃん。この落とし前つけてくれるんやろな」
サザエのつぼ焼きなど求められるがままに貢いだのも、ひとえにヒカルが女の子と思ったからだ。二人組の気持ちもよく解る。
「なんだよ、俺は女だなんて一言も言ってないぜ。誤解したのそっちじゃん」
「アホッ、誰が男なんかナンパするか、よう考えや」
開き直ったヒカルと二人組の一触即発の状態にアキラが割って入る。
「君、ちなみに彼は五段の腕前だし僕は七段の腕なんだけど、それでもやるかい?」
アキラの言葉と、逆三角形で程よく筋肉のついた身体に二人組は一歩退く。
「五段に七段……?」
「おっ、覚えとけよっ」
ここで負けるのは恥の上塗りをするだけだと悟ったのか、捨て台詞を残すと二人組は店から出ていった。
そしてヒカル達もこれ以上好奇の目に晒されるのを避けるべくその店を後にしたのだった。
早々にホテルの部屋に戻ると、ヒカルは先程のことを思い出して得をしたとばかりに笑みを見せる。
「それにしても五段に七段ねぇ。あの場面で碁の腕を言う奴はお前ぐらいだな」
ヒカルがアキラに『なに、嘘ついてんだよ』と言うと
「嘘は言ってないだろ。向こうが早とちりしただけだ。けど進藤……。ナンパについて行くのは感心しないな。強姦でもされたりしたらどうするんだ」
と、アキラの説教が始まってしまった。
「男を強姦しようだなんてバカお前ぐらいだな」
「僕以外の男に着いていくなんて許せないね、お仕置きだよ、進藤」
ただならぬ雰囲気に気が付いた時はすでに遅かった。
「なっ何するつもりだよ。こんなとこでゴメンだぜ」
アキラの腕の中に抱き竦められ、衣服が脱がされていく。
「進藤おとなしくして」
「やっ、やだ。塔矢っ」
もしかしてこんな時のために鍛えてるんじゃないだろうかとヒカルが考えている隙に全裸にされてしまう。
このままベッドに傾れ込んで……。久しぶりだし、朝までに解放してくれるかなぁ。二ラウンド?、いや三ラウンドは覚悟かな……と考えを巡らせつつヒカルが目を閉じる。
「きれいだよ、進藤……」
「……塔矢。なんだよコレ」
なんかいつもと違うと思ったのは、アキラがヒカルに浴衣を着せたからだ。
橙色の花柄の浴衣に、胸の下辺りで緋色の幅広い帯が結わえられる。
「これって女物じゃないか、それにお前は普通の浴衣着やがって」
普段から着物に馴れ親しんでいる分、アキラの気付けも堂に入ったものだ。手早く自分も着替えを済ますとヒカルの腰に手を回す。
「お仕置き。女の子に間違えられて喜んでたじゃないか。さぁ、花火見にいくだろ?」
にっこりと微笑むアキラに、座り込んで抵抗しようとするのだが、腕力でかなうはずもなく……。
「この格好はやだ〜」
抵抗も虚しくアキラによってヒカルは、すでに日が落ちた浜辺へと連行されたのであった。
「似合うよ進藤。花火を見るよりずっと君を見ていたいね」
「見るのは勝手だけどよ、触んないでくれる? こっちは下着つけてないんだぜ」
アキラの手を払い除けつつヒカルは距離を置く。しかしアキラはヒカルが逃げた分だけ近寄っていく。
「もしかして誘ってるの?」
「お前が脱がしたんだろうがっ! まったく、女と間違えられてナンパされるしこんな格好はさせられるし、ろくな事ねぇよ」
下着のラインが見えると男だってばれちゃうよと言って、ヒカルの抗議を封じたアキラは、特権とばかりに隙あらばさり気なくヒカルの臀部を撫でている。
「全部、帰ってくるの遅かった塔矢が悪いんだからなー。いったい何してたんだよ」
暗がりをこれ幸いとばかりに、浴衣の合わせ目にまで手を差し込もうとするアキラの手をヒカルが抓る。
「もうすぐわかるよ」
そう言った矢先、放送設備から自分達の名前が読み上げられた。
『東京都からの塔矢アキラさん、21才からのメッセージです。「ヒカル愛している、一生君を大切にするから、ずっと僕にその笑顔をむけていてほしい」塔矢君、ヒカルちゃんお幸せにー』
そう言ったかと思うと花火が打ち上げられる。
「なっなんだよ、今の」
ヒカルが焦るのも無理はない。
先程から何やらメッセージとともに花火が打ち上がってはいたがまさか自分達の名前が読み上げられるとは思ってもみなかったのだ。
「メッセージ花火だよ。昼間遅かったのはこれを申し込んでいたからなんだ。ちなみに花火大会の日はやってないんだ」
「キザな事しやがって、恥ずかしい奴……」
こういう事をさりげなくやってしまうのだから、自分がアキラに惚れるのも無理はないとヒカルは思う。
「進藤……愛してるよ」
チャンス到来とばかりに唇を寄せるアキラをヒカルは制止した。
「って、ここじゃダメだろ。ホテル帰ろうぜ」
ヒカルが言ったのはつまりそういう意味。
「もう少しその格好を見ていたいけれど、そのお誘いは断れないね」
もちろん察したアキラと二人、その格好を幸いとばかりに腕を絡めてホテルの部屋へと姿を消す。
その夜、アキラとヒカルはベッドの上で四ラウンドをこなし、朝からまたニラウンドというハードな性生活を送り、ヒカルが体力を使い果したとか果たさないとか……。それはまた別の話……。
祝50000hit!! のべ数といえど、いつも来てくださる皆様本当にありがとうございます。今回はカウントゲットでカキコミしてくださった基樹さまのリクエストにお答えした形ですが、どんなもんでしょうか。
ちなみにリクエスト内容は『アキラと二人で海水浴に来たヒカル(ロングTシャツと水着着用)が女の子と間違えられてナンパされてしまう。それを見たアキラに罰として一日女装デートを強いられる。』というものでした。力量不足です。すみません……。さらに勝手に、長編で書いたアキラとヒカルの二年後設定にしちゃいました。逆三角形体型のアキラ……。って自分でもビジュアルが浮かばない……。ちなみにメッセージ花火は50文字壱万円で実際にやってます。……ってニュースでやってたんですけどね。白浜は十年ぐらい前に行ったんだけど、それも春も早い頃の白浜。ホテルで原稿してたらしいけれどすでに記憶が無い……。つくづく脳細胞の死滅を感じる今日この頃です。ところで自分で書いてて疑問に思ったんですが一ラウンド何分ぐらいでしょうか? アキラさん自分本位だと三分ぐらいですか(殴)そんなんじゃヒカルに捨てられるか……。
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