無垢2



 抵抗らしき抵抗が無い事で塔矢はやすやすとヒカルのシャツを脱がす。
 浮き上がった鎖骨。あの日プールで見た白く薄い胸。その胸には淡いピンクの小さな二つの飾り。
 塔矢はそっと、指でその形をなぞる。
「んっ……」
 ヒカルの口から小さく息が漏れて、塔矢は頭の芯から痺れていくような感覚を覚えていた。
 ヒカルという存在に溺れ酔っていく。
 言葉は必要なかった。ジーンズから足を抜くときもヒカルは素直に従う。
 あの日為し得なかった行為。
 ヒカルの背後に手を伸ばし腰から少しずつ下着をずらす。
 生まれた時と同じ姿にさせても、自分の服にしがみ付くようにしたヒカルの表情は読めない。
 ただ白く華奢な身体だけが塔矢の脳裏に焼き付く。
 抵抗が無いヒカルに失望だけが増す。なのにその身体に他の所有印が刻まれていない事に安堵すらしていた。
 これからヒカルを手に入れる。
 その淫靡な誘惑に逆らえはしない。
「ベッドがいい? それともここでするかい?」
「……ここは嫌だ」
 諦めたのか、それともこれが当たり前なのか? これから自分がしようと
している事をヒカルは承知している様子である。
 そんなヒカルの言動に、怒りも手伝って塔矢の体は熱くなった。
 ネクタイを外しながら、塔矢はヒカルの手を引いて寝室へと連れていく。
 途中のソファにネクタイを放り投げ、そして寝室の扉を開けると、おもむろにヒカルを肩に担ぎそしてベッドへと横たわらせた。
 ヒカルを見下ろす形で塔矢は己れシャツのボタンを外す。
 どこからどう見ても男の身体。薄く平らな胸と、身体の中心には淡い茂みに縁取られた雄としてのモノ。
 顔を背けてはいるが逃げる素振りはない。
 動けないのか動かないのか。
 自分が何をしようとしているか解っているだろうに。
 目を閉じているヒカルの傍らに膝をついて、その胸の中央へキスをした。
次に左右の米粒大の突起に舌を這わす。
「んんっ……」
 小さく跳ねるヒカルの反応に、塔矢は己れを失っていった……。

* * * *

 塔矢の髪が胸に落ちて、その羽のような感触に身震いする。右の次は左と、舌が刺激するそこは思ったよりも快感が走った。
 塔矢の行動に為すがままになっている自分。
 何故なら自分も望んでいるかだと自覚してしまったから。
 これをきっかけに、今まで碁打ちとして、ライバルとしての自分達の関係がきっと変わる。
 塔矢が自分を抱きたがっているのは、言葉にしなくともその瞳を見るだけで解った。
 自分と同じ欲望を秘めた瞳。
 それは恋愛感情の延長に違いない。きっと塔矢の胸にはヒカルと同じ感情があるはずだと思えた。
 けれど塔矢の怒りが伝わってきて、それだけがヒカルを不安にした。
 目を開けて塔矢を見る事は出来なかった、見てしまえば、乱れそうになる自分を押さえられないような気がしたかもしれない。
 舌を塔矢のそれで絡めとられ、下半身が塔矢の手で嬲られる。
 脚の間に陣取った塔矢の身体が、ヒカル自身を晒し、塔矢の手は内股を撫で上げヒカルの敏感な部分に触れる。
「んん、あっ…」
 上下に扱かれるうちに、堅くなってしまうのが解って、ヒカルは塔矢にしがみ付く。
 醜態を曝したくないのに腰が塔矢の動きを追ってしまう。
「塔矢、もう……」
 二度、三度と身体が跳ねる。
 こんなに早くイッてしまうなんて、塔矢はなんて思うだろう。しかし塔矢の顔を見ることは出来なかった。
 一度達しても堅さを保ったヒカルの先端部分を塔矢の舌が触れる。
「やだっ、あっ、あ……、んっ」
 全身が敏感になってしまった今では、塔矢の口内に含まれているというだけでも気持ち良く、その縊れを確かめるように這う舌にヒカルは我を忘れそうに声を漏らす。
 二度目も早く訪れた。
「呆気ないな、進藤」
 塔矢はそう言うと、弛緩したヒカルの脚を持ち上げる。これから塔矢を受け入れるのだとヒカルは覚悟を決めた。
 その受け入れる場所に、塔矢のモノが行き来していて、ヒカルは意識して力を抜く。
 おそらく『ヒカル』が吐き出したもので、『塔矢』を濡らしたのだろう。痛みもあったがゆっくりと息をする事でヒカルの中に塔矢が納まる。
「進藤……」
 その時初めて塔矢の顔を見たような気がした。
 おそらく根元までヒカルの中へと挿入したのだろう。美しく整った顔が快感のために汗を浮かべている。
 その表情にヒカル自身も反応する。もちろん痛みと圧迫感だけしかなく到底気持ち良いとは思えない。
 ただ塔矢の腰が動くたびに『ヒカル』を刺激してそれが快感としてヒカルに伝わった。
 塔矢の激しい腰の動きで痛みが増しても黙ってヒカルは耐える。
「塔矢、もっと……」
 優しくしてくれと言いたいのを無理に堪える。反対に塔矢はヒカルが乱れた上での睦言と捕らえていた。
 自分が初めてだという事を、塔矢は解ってくれるだろうか? 終わってから散々文句を言ってやる。
 そう思い、痛みに耐える。
 一度塔矢が達したのか、内壁が熱くなりそして動きがスムーズになる。湿った音が寝室に響く。
 おかげで痛みが薄らぎ、ヒカルは快感を得ようと塔矢の動きにあわせて腰を動かした。
 少しだけ慣れたからか、苦しくない程度にはなる。しかし時間の感覚はとうの昔に失せていた。
 そして気が付くと自分の上で塔矢が荒い息を整えていた。熱く怒張していた塔矢のモノが次第に大人しくなりやっとヒカルの中から抜かれる。
 いつの間に自分も達したのだろうか、その証に腹部に体液が飛び散っていた。
 塔矢の背にそっと腕を回し、ヒカルは塔矢と一つになったのだという満足感に浸る。
 あの塔矢を手に入れたのだという優越感にも似た感覚。
 しかし……。
 そんなヒカルの幸福感を塔矢は冷たい言葉で砕けさせた。
「今まで僕はキミを『普通の人間』だと思っていたけれど現実はそうじゃなかったようだね。僕にお預けをくわせておいて、その間、君は結構楽しんでた。図星じゃないかい?」
 そんな冷たい言葉にどうして初めてだったと言えようか。怒りと屈辱で声が出ないのを塔矢は肯定と受け取ったらしい。
「僕とでも、楽しめたみたいだから、たまには相手してくれるかい。これからは碁だけじゃなくって……ね」
 今まで一つに溶け合ったはずなのに、急に塔矢が遠く感じられた。
 自分の何がいけなかったのだろうか? 塔矢を抱いていた手から力が抜ける。
 その瞬間ヒカルは決心していた、何を言っても無駄なら何も言うまいと。
 思考は嫌という程はっきりしていて、その反対に疲れた身体が無性に虚しかった。
「シャワー、浴びたい」
 ヒカルはそれを言うのがやっとだった。



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