祈り
今二人きりでいるリゾートマンションは祖父の会社の厚生施設としてバブル景気が絶好調の時に購入したものだ。 当時一億円と聞きかじったが今ではそんな価値は無いに等しい。 けれど、自分にとってはすごく価値がある。 海辺に面したバルコニーに通じる大きな窓辺に立ち越智は感慨に耽っていた。 「すごく良い環境だ。碁の勉強するにはぴったりだね」 そんな越智に想い人の塔矢アキラが明るい口調で笑みを向けてくる。その笑みがとても眩しくて越智は知らずのうちに俯いてしまっていた 「近くに同じような施設がいくつかあって、各レストランも充実してますから」 部屋にキッチンはあっても使うことはないだろう。20畳はあるリビングを兼ね備えた4LDK。家族向けだけあって広さだけは充分にあるし、施設を巡回するバスは五分に一回。 十二階のこの部屋から見える日本海はとても寒々しい。 まるで自分の心のようだと越智は自嘲気味な笑みを浮かべた。 そして気を取り直すと、碁盤を用意する。 「一局お願いします」 碁盤の前に座った越智に、アキラはゆっくりと近付く。その様子はまるで獲物を狙う野生動物のよう。 整った顔に浮かべた笑顔すら捕食者の優位を知らしめんとしていた。 「君は碁ばかりだな。折角二人きりなんだ。他に楽しむ事あるんじゃないかな」 意味ありげな残酷な表情でアキラは越智の肩に手を置く。まだ大人になりきらない肉付きの薄い越智の肩に置いたアキラの手に力が込められた。 「どうして、僕なんか……」 一本の指で首筋を下から上へとなぞられて、その微かな快感に越智は身じろぎする。 こうやってアキラの手で慣らされた身体は正直に反応を返し、アキラはそれを楽しんでいるようであった。 「さぁ、どうしてだろう。君のプライドをズタズタにしたいからかな」 越智の噛み締めた唇に辿り着いたアキラの指がこじ開けるような仕草を見せたので、越智は顔を背ける事でその行為から逃れる。 「それなら、もう充分ですよ」 貴方を愛した時から、もうプライドなんかない。 ただ貴方に愛されたいだけ。 けれど貴方はそんな僕の気持ちを知っても答えてはくれないのですね。 呟くような越智の言葉に満足したのか、アキラは越智の前髪へと指を移動させる。 「僕の前では眼鏡取ったら?」 そんなアキラの言葉に越智は一瞬顔を上げたが、再びアキラから顔を背けた。 「お断わりします」 眼鏡がないと貴方が見えない。その美しい姿がぼやけてしまうのに。 なんて酷な人なんだろう。 ……それでも貴方が好きな自分が悲しい。 「かなり視力が悪いんだね」 いつかの貴方も、視力の悪い人の瞳は憂いを秘めたように色気があるって知っていたかい? なんて僕を評したけれど……。 僕は美しい貴方には不釣り合いだ。 解っている事なのに。 「返してください」 取り上げられた眼鏡を取り返そうと手も背も限界に伸ばすが身長差がありすぎて届かない。 「これがあるとキスも出来ないのに?」 自分でも顔が赤くなったのが解る。貴方はそうやって僕を戸惑わせる。 いつだって。 そして。ここに来たのは碁の勉強会。 二人っきりの勉強会。 「碁以外の勉強……、しようか」 そんな言葉に僕は絶望と期待とを綯い交ぜにした思いで、ただ頷いていた。 全体的に小作りの顔。 分厚い眼鏡が一重目蓋の目を小さく見せていたが、実際は下向きの睫と潤んだ瞳が彼の気弱な一面を曝け出していた。 挑戦的なのは、後天的に身につけたのだろう。 実際、越智はアキラとそういう関係になった今でもどこかぎこちない。まるで主従関係のように。 だからアキラも彼を無茶苦茶にしたくなるのかもしれない。 どんなに無理強いしても越智はアキラを粛々と受け入れたから。 まるでそれが唯一の愛を表現する手段のように。 「塔矢さん……、貴方はどうして?」 本当に好きなのは、こんな風に抱きたいのは別の人なんでしょう? どれだけ聞きたくても聞けない言葉。 聞けばきっと貴方は『よく解ってるじゃないか』と言って除けるんでしょうね。 例えどんな関係でも良い。 貴方を引き止める術を教えてください。 ふと思いついて、僕は眠った貴方の首に手を掛ける。 少し体重をかければ貴方は僕のものになる。 でもその誘惑に勝てはしなかった。 だって。 もう二度と貴方を受け入れられない方が僕にはつらい事だから。 だから、せめて。 この時間が長く続くように。 僕は、祈る……。 シリアスな展開の後ですみません。言って良いですか? 本当は「僕の事が好きなんだろう?」と言いつつ越智を縛り上げてる鬼畜アキラさんが脳内に居ます。どうやらヒカルに出来ない不満が爆発してるみたい。お、おそろしい。 ちなみにこのリゾートマンションは某天橋立の近くにあるのがモデルです。二人っきりでプールで××ってのも考えたんですが。ネットでは自粛いたします。ってしてるよね? |