フルール2

 結末は早く訪れた。 
引っ越しして、部屋数の増えた和谷のアパートで、いつものように研究会をしていた時だった。
「進藤居るよね?」
 そう言って塔矢が上がり込んできたのだ。
 あの日から二週間が経っていた。
「なっ、なんだよ。いきなりびっくりさせんなよ」
 逢いたいのに逢えなかった塔矢が目の前にいる事が嬉しかった。
 けれど塔矢はもう俺のものじゃない。
「僕との約束忘れていたのか?」
 不機嫌そうに、塔矢が俺の腕をとる。
「えっ? 約束?」
 そんなのしていない。
 したのは、当分逢わないって事だけ。
「バカ進藤。塔矢怒らせたら恐いって言ってたの自分だろ? さっさと帰れば?」
 和谷と冴木さんが訳知ったような顔で俺を急かす。
 奈瀬あたりが『本当に恐い人だったのね』なんて、本田さんと小声で話している。
 なんだよ。
 今更……。
 カバンを持って、靴を履く俺を塔矢はじっと睨んでいる。
 アパートの階段を降りるとタクシーが停まっていて、無言の塔矢に促されてそれに乗り込む。
 着いた先は塔矢の家。玄関に立ったまま、上がる気にならず……。
「別れ話なら、こんなとこに連れてくる必要ないじゃん。メールで十分なのによ」
 多分、塔矢が言いたいのはそれ。
 別れ話。
 きっと二週間の間に考えたんだ。
「メールじゃ伝えきれない」
 塔矢の性格ならそうかもしれない。
 直接『別れてくれ』って言うつもりなんだろう。
「お前が言いたい事解ってる……」
 これ以上醜くなりたくなかった。
 格好良く、スマートに別れたかった。
 『あっそう』とサラリと躱し、傷ついていない自分を見せたかった。
「……本当に? 進藤は解っていないよ」
 塔矢はそう言うと、玄関にあったアレンジされた花篭から一本の花を抜き俺の目の前に差し出したのだ。
「花?」
 なんという花かはしらないけれど一本一本色の違う花。
 一本の茎にいくつか花が咲いている。
「アスターって言うんだけど。あっ、えぞぎくとも言うな。中国北部の原産で……」
「違う、そんな事じゃなくてどうして俺に?」
 別れ話の途中なのに。
 さっきもわざわざ和谷のアパートに来たり、本当に塔矢の行動は不可解だ。
 そんな所も全部好きだったのに。
 俺には塔矢を好きでいる資格が無くなったんだ……。
「花言葉って知ってる?」
 そう言うと塔矢は紫の花弁のアスターを手にし、
「僕の愛は進藤よりも深い」
 次に白の花弁のアスターを手に取り、
「他の誰よりも僕を信じてください」
 最後に青い花弁のアスターを手にすると、
「君を信じているけど、本当は僕の方が心配なんだ」
 そう言って、三本のアスターを俺の手に握らせたのだ。
 三種類の花言葉を口にして、塔矢は悲しそうに微笑む。
「まさに今の僕達にぴったりだ」
 ゆっくりと塔矢が口を開く。
「君が意外と頑固だという事を忘れていたよ。四ヵ月逢わないと言って本当に逢わなかったよね。例の話だって今だに有耶無耶だし。このままにしておくと君を失ってしまうかもしれないと不安に思ったよ」
 一つ一つ言葉を選ぶような塔矢。
 塔矢は何を言おうとしているんだ?
 別れ話じゃなかったのか……?
「和谷くんの所に乗り込んだのは、この間の仕返し。折角君の誕生日に美味しいお店に連れていってあげたかったのに。僕が浮気してると思ったんだろうけど、僕という器は君一人でいっぱいなんだよ?」
 涙が出そうだった。
 彼女との事は俺の早とちりだったんだ。
「少し時間が開けば、君か彼女に嫉妬しているのを自覚してくれるかなって思ってたんだけど、この二週間君はまったく普通だった。本当に僕の事好きなのか心配した。もしかして嫌われたんじゃないかって」
「バカッ! お前の事嫌いになるはず無いだろっ!」
 そう言うと塔矢が安堵の表情を浮かべていた。
 多分俺もすごく幸せそうな顔をしているはずだ。
 別れ話じゃなかった……。
 塔矢と別れなくて良いんだ……。
 そう思うと身体から力が抜けた。
「良かった……。正直言うと不安だったよ。ところで、どうしてここに連れてきたか解る?」
 塔矢の殊勝な表情が一変する。
「もしかして……」
 薄々嫌な予感がしていたのはこれだったのかもしれない。
「そう。僕が浮気なんかしていないって事を君の身体に教えてあげるつもりだよ」
 下世話な表現を使うなら、つまり他の人で出してないから今夜は頑張れると?
 こいつ一体何回ヤる気なんだろう?
「朝までは勘弁な?」
 まだえっち歴二ヵ月の俺にはちょっとハードかもしれないけれど。
 塔矢の気持ちが解って嬉しくなった。
 浮気じゃなくて、単なる情報収集だった事。
 そして俺にやきもち焼かせるつもりで時間をおいた事。
 塔矢には俺しかいないんだという事。
 すべてが嬉しくて俺は塔矢に抱きついた。
「ごめん、進藤。ちょっと抑えられそうに無いかも」
 そういうと塔矢が俺を押し倒した。
 あの、ここ玄関なんですけど?
 あの、鍵閉めてないみたいなんですけど?
 俺の言葉に、塔矢はいつもの勢いで鍵を閉めると俺を半ば引きずるようにして自室に『お持ち帰り』したのだった。
 こうして俺達の初めての危機は終わりを告げた。
 もう少し蜜月が続きそうな予感に俺は幸せな気分に浸ったのだが、翌朝になって塔矢の絶倫ぶりに少し辟易してしまった事は秘密にしておく。


うっわ―――っっ あいかわらずのヘタれですね〜。ショック死しそうです。
しかし祝55555hit!!
氷見都零子さまありがとうございます。さてリクエストの内容ですが「何気にモテてるアキラさんを見たヒカルが怒ってケンカ・すれ違いの後にアキラさんがヒカルにアスターの花束をプレゼントする」というものでしたが。せっかく花言葉まで教えていただいたのに。がっくし……。
ごめんなさい、はずしてます、大きくはずしてます(T_T)
アキラさんモテてません。ヒカル怒ってません。喧嘩してません。せいぜい冷戦止まりです。不出来ですみませんでした。これに懲りずこれからも遊びに来てやってください



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