BIRTH 3
今年もまたこの時期がやってきたと俺はカレンダーを睨む。 赤い丸印を付けた12月14日。 何を隠そう、恋人!の塔矢アキラの誕生日だ。ここだけの話だけど俺達が結ばれたのもこの日だったりする。 今年は何をプレゼントしようかと考えて、ここ数日は電車を乗り過ごしてしまうほど悩んでいる。 それもそうだ。 だって俺、塔矢の事大好きなんだ。 今だにあの髪型だったりするれど、出会った頃のような美少女めいた面影がすっかり男らしくなって、背も高いし欠点のつけようがない塔矢はよくもてる。 碁会所では塔矢目当ての、碁のイロハすら解らないっていうお客が増えたって市河さんが嘆いてた。 確かに塔矢がメディアに取り上げられて以来、女性ファンが増えたのは確かだ。 出待ちなんかもよくあるから、対局が終わって棋院や会場を出るときはよほど注意しなくちゃならない。 何を注意するかだって? そりゃあ、俺達が付き合ってる事をバレないように、だ。人目を避けてのキスとか手を繋ぐのとかも今はかなり難しい。 この間なんかちょっと顔を近付けて小声で話していただけで『キャーvv』なんて歓声が上がってビックリさせられた。 あれって一体どういう意味なんだろう?? 話は横道に逸れたけれど、そんな具合に塔矢の人気が増したおかげで俺はかなり迷惑してる。 恋人同士には外せないイベントだっていうのに、たくさんのファンが塔矢にってプレゼントを持ってくるもんだから、二人だけの時間が満足に取れないし、恋人の俺がその他大勢に負けるようなものプレゼント出来ないだろ? おまけに被らないようにするのも至難の業なんだ。 塔矢が16才の誕生日には俺をプレゼントしたんだけど、それ以上に塔矢が喜ぶプレゼントとなると難しい。 去年は特注の碁盤と碁石をプレゼントしようとしたけれど、塔矢の奴、正倉院に納めてもおかしくないぐらいの国宝級の物を持っていると知ってやる気を削がれたものだ。 こうなったらやっぱり直接聞くしかないって事で俺は塔矢の家へと押し掛ける。 「まぁ進藤くん、久しぶりね」 珍しく帰国していたおばさんは、どこかに出掛ける前だったのか綺麗に身仕度を住ませていた。 「お邪魔しまーす」 二言三言会話をして奥の部屋へと向かう。 「おーい、塔矢ぁ」 勝手知ったる我が家みたいなもので、俺は廊下を進み勝手に塔矢の部屋の襖を開ける。 「やぁ進藤、今日はどうしたんだい?」 そう言いつつ振り向いた塔矢はちょうど着替え中で……。 「あっゴメン」 思わず見惚れてしまう程の身体に顔が赤くなってしまうのを横を向いて慌てて隠す。 ジム通いを日課にしているという塔矢の身体は無駄というものがなくて、引き締まった腰など男の色香が漂っている。 塔矢の裸なんて飽きる程見てるし触ってるけど、こうして突然目の前にあるとやっばりドキドキさせられる。 「お前、今日出掛けるなんて言ってなかったじゃん」 動揺を隠すようにちょっと拗ね気味に言うと塔矢は優しい笑みで謝る。 「ごめんね、折角来てくれたのに。君も会ったと思うけど母が帰ってきてるだろう? たまには美味しいお寿司を食べたいって言うから付き合うって約束したんだよ。良かったら君も一緒に行くかい?」 ネクタイを絞めつつ塔矢が誘ってくれるが残念ながら今日は予定が入っていた。 「俺、夕方から指導碁入っててさ、それに誕生日プレゼント何が良いか聞きにきただけだし……」 こうして押し掛けなくてもメールで聞けば良かったんだけど、今日がオフだって聞いてたから突然行ったら喜ぶかなーなんて考えは甘かったらしい。 出掛ける前だなんて最悪だったが塔矢は嫌な顔一つ見せなかった。 「君から貰えるものならなんだって嬉しいに決まってるじゃないか」 それはそれで無難な答えだけに困る。 「でも……」 俺は塔矢が一番欲しいものをブレゼントしたいんだ。あの16才の誕生日の時みたいにさ。 引き下がらない俺に塔矢は暫し考えていたが少し言い辛そうに答える。 「それなら、君に貰ってほしいものがあるんだけど」 貰ってほしい? 「なんだよ、それじゃ反対だろ?」 抗議する俺に塔矢は真剣な表情を見せた。 「でも君に拒否権はないって言ったら?」 一体何をくれるって言うんだろうか。 「それで塔矢が喜ぶなら何だってもらってやるさ!」 俺が拒否せずに快諾した事で塔矢の不安そうな表情が消え、 「嬉しいよ進藤」 そう言って軽くキスをした。 「ずっと言おうって思ってたんだ……」 少し言いにくそうにしていた塔矢。 心持ち顔が赤いのは気のせいか? こんなタイミングでなければ言い出せなかった、貰ってほしいものって一体何なんだろう。 貰う、貰う、貰う。 暫し考えて恐い考えが浮ぶ。 まさか塔矢の奴、『僕をもらってくれないか?』なんて言うつもりじゃないだろうか? 俺達、恋人同士って言ってももっぱら俺が抱かれちゃってて、まぁマグロしてても良いし気持ちイイからそのままにしてたんだけど、まさか塔矢の奴も俺に抱かれたかったりするんだろうか? 今まで聞いた事はなかったけど、折角男同士なんだし逆だってありえる訳で……。 俺、塔矢みたいに立派とは言い難いしうまく出来る自信無いんですけど。 どうしよう、俺。安請け合いしたけど、塔矢を満足させられるんだろうか? その後、何か会話もしたし、塔矢の車で途中まで送ってもらったんだけど、頭の中がぐるぐるしててはっきりと覚えていない。 それからの俺と言えば、どんな手順ですれば塔矢が満足してくれるだろうかと考えて頭を悩ます事となった。 やはり初めては痛いだろうから潤滑剤とか用意しとくべきなんだろう。という事で塔矢の誕生日プレゼントは最高級品の潤滑剤に決定した。 そして当日。 お互いにこの日は仕事を入れないようにしていたので、昼前に塔矢が迎えにきてくれ、とあるホテルでランチを食べた。 「夕食は部屋で取ろうと思ってるんだ」 塔矢の言葉に俺はルームサービスなんだろうと解釈する。確かに、初めてエッチしたら痛いだろうしその方が良いだろう。 「そして進藤、これなんだけど」 そっと差し出されたのはカードタイプのカギ。多分このホテルのだろうから、腹もいっぱいになったしこれからしけこもうって事らしい。 「こんな機会じゃないと切り出せなかったんだ、君に嫌われそうで……」 珍しく言い淀む塔矢がらしくなくて俺もつい絆される。 「良いよ、塔矢。俺達恋人同士だろ?」 塔矢も今まで言えなくて悩んでいたのだろう。俺は覚悟決めた。 「今夜はさ、コレないと辛いと思って……」 そっと差し出した紙袋は至ってシンプル。中をそっと見た塔矢は少し恥ずかしそうだった。 行こうか、もう待ちきれないんだ。そう言った塔矢に俺は心の中で『うまく出来なくて痛い思いさせたらゴメンな』と謝る。 店を出て、てっきりホテル内の部屋へと向かうのかと思ったらあれよあれよという間に駐車場へと行き車に乗り込んで走りだしていた。 どうやら別のホテルを予約していたらしい。 緊張で周りをよく把握出来なかった俺は、ルームキィを差し込んで部屋へと入った瞬間背後から抱き締められてようやく正気に戻る。 「ここで?」 なんだか普通の部屋というか家みたいで……。観察すればするほどホテルらしくなくて俺は何か思い違いをしているのだと気付かされた。 お尻の辺りに堅いモノを感じてそれは確信へと変わる。 「嬉しいよ、進藤。ここは防音も完璧だからどんなに声を出しても良いんだよ。誕生日プレゼントは君。そしてこの部屋のカギを貰ってくれる事。……この部屋で一緒に住んでくれるね?」 そういう事だったのか……。お前が嫌われそうで言えずに悩んでた事って……。 俺は緊張の糸が切れてその場へと座り込む。 塔矢の奴から、近頃思う存分に会えなくて、何か良い方法(場所)はないかと考えて部屋を借りたのだと打ち明けられる。 突然部屋を借りた、一緒に住もうだなんて言い出したらSEXの事しか考えてないみたいに思われるのが嫌で躊躇していたらしい。 俺も何をいままで馬鹿なことを考えていたのだろう。この馬並み男が逆もしてみたいなんて思う訳がないんだ!! 「これ使ってまで気持ち良い事したいだなんて進藤もカワイイじゃないか」 振り向いた俺の視界に入った塔矢はいつもの王子様的な塔矢じゃなかった。 俺がプレゼントした潤滑剤を手にして、なんか鼻息荒いんですけど? それにベルトが足元に落ちてるんですけど? 「夜は出前のつもりだし、それまでゆっり楽しめるよ」 これからは足腰立たなくなっても家に帰らなくても良いから安心して楽しめるね? って俺が楽しむんじゃなくってお前じゃねーか!!って怒鳴ろうとして諦めた。 だって今日は塔矢の誕生日なんだし、それにこんなに喜んでくれてるんだから……。 まさか二人のために部屋を借りるなんて思いもしなかったけれど、これからは誰に邪魔される事なく会えるのだと思うと少し嬉しかった。 塔矢の思い通りになるのはちょっと癪だったけど、まぁ惚れた弱みだし仕方ないよな、と俺は立ち上がるとゆっくりとした動作で塔矢へとキスをした。 「ハッピーバースデイ、塔矢」 これから始まる恋人達の時間に俺は秘かに感謝する。そして都合の良い時にだけ信じている神様に、来年もまた二人で誕生日を祝えますようにってお祈りしたのだった。 12月14日。 幸せなはずの一日だったが、塔矢の奴、久しぶりだからってその能力を遺憾無く発揮しやがって……、俺が翌朝になって俺が後悔したのは言うまでもない。 |