塔矢アキラの心臓は早鐘以上に早く打っていた。
その原因は一本の電話と進藤ヒカル。
アキラとヒカルは二人が21才になる年の一月から実質婚姻生活を送っている。プロの棋士として、それも若くしてタイトルに挑戦するような棋士として、経済的な余裕は二・三年前から有している。
しかし、対進藤ヒカルへの余裕は未だ嘗て有する事の出来ない塔矢アキラであったりする。
『多分、和谷とかいう、進藤の同期の棋士だ』
電話の相手を冷静に推測するアキラであるが、ヒカルの背後で立ったり座ったりと、とてもじゃないが冷静とは程遠い行動を見せている。
「そうそう、やっぱ生じゃないとなぁ。全然違うよ」
『確かに生は良い。しかし、いつも拒むのは君じゃなかったか、進藤? ここ暫らく生でなんてご無沙汰してるというのに、そのセリフは何だ?』
「教えてくれた和谷のおかげ」
『まさか、僕以外と生でしたというのか?』
ヒカルの後ろ姿を見つめながら、アキラの視点は細い腰に集中している。
「うん、この間飲んだ。どっちかいうと美味しい、俺あんなに好きになるとは思わなかった」
語尾にハートマークが付きそうなほどご機嫌のヒカルとは対称的に塔矢は一人落ち込んでいく。
『の、飲んだ……。アレを飲んだというのか。僕のをくわえるのも嫌がっていたのに、何時の間に飲むまでに上達したんだっ! じゃない、僕のですら飲んでくれた事がないのに、いや口の中に出す事すら許してくれなかったじゃないかっ! それを、美味しい? 好き? し、進藤……』
「えっ? 塔矢? あいつは全然ダメ。話になんないもん。すぐ寝ちゃうし、基本的に弱いんだよ」
『僕は話にならないほど、君を満足させてなかったのか? 君の身体を思って、週に二回で我慢していて、一晩に三回と自制していたのは、君にとって不満足だったというのか? それにすぐ寝るのは君も同じじゃないか』
アキラの脳裏に夜のヒカルが浮かぶ。甘く喘いで自分を求めていたのは演技だったのかという可能性までもが浮かんできてアキラはより一層落ち込んだ。
「和谷なら朝までOKじゃん? へへ、俺も〜。また今度、な? あぁ、俺全然暇、じゃあな」
愛らしい口調でヒカルが電話を切る。
『悪かった進藤。しかし僕に不満があるならそう言ってくれれば良いじゃないか。何も浮気なんかしなくても、君が満足するためなら毎晩だって出来るのに。言ってなかったけれど、君と出来ない日は自分で出しているんだ!! きっと君を満足させてみせるよ』
ヒカルの電話の会話を盗み聞きしたアキラは、色々と考えを巡らせていたのだが、ふとある重要な事柄に気が付いた。
「僕の目の前で浮気の約束を取り付けるなんて、ふざけるなっ!! 僕だって生で君としたいし、飲んでもらいたいんだっ! まっまさか、浮気じゃなく本気とか言わないだろうな?」
アキラのいつもの激昂にヒカルが一言。
「お前、正気?」
二人の間に乾いた空気が漂ったのは言うまでもなく。
結局一分ほど睨み合いが続いたのだが、「あっ解った!」と言ってヒカルが大笑いしだした事で問題が解決した。
先日、和谷に連れていってもらった居酒屋で、同じ種類の日本酒の『生』と『火入れ』を飲み比べたらしい。
日本酒の絞りたては全部『生酒』なのだが、いくら温度管理しようと酒は熟成し続ける。熟成を止めるために『火入れ』をするのだが、そうすると日本酒の旨味が薄くなる可能性があるのだ。
『生』の方がアルコール度も若干高く、酔いやすいが、味が多いので『火入れ』したものと比べるのも楽しい飲み方ではある。
春の新酒の時期に『生』を楽しみ、夏になり『生ひね』する前に『火入れ』して、味が乗ってくる秋に『冷やおろし』を楽しむ。
「と、言う事でお前の誤解。あんまり変な想像すんなよ?」
こうして、日本酒の旨さに目覚めたヒカルに以上の説明を聞き、心の平穏を取り戻した塔矢アキラなのであった。
もちろん、その話が嘘かもしれないという可能性に考えが及び、一人で悶々と悩む事となるのはその夜のヒカルのサービスが濃厚だったからに他ならない。
お酒は20才になってから。という事で20禁です。ふざけるなって声が聞こえてきそうです。温泉に入っているときに浮かんだ妄想ですが、日本酒は旨いです。二・三時間で書きなぐった駄文なんで、時間潰しにしかなりませんでしたが『20禁』の言葉にかけたギャグだったのねって事で笑い飛ばしてもらえると有り難いです。
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