愛の嵐




 進藤ヒカル若干19歳。
 昨年病で急死した祖父の仕事を継いで、小さい個人経営の卸売り業を営んでいたが、ここにきて資金繰りがつかなくなってしまっていた。
 取引相手によって決済日の事なる通称五・十日(ごとび)。それも決済の集中し始める月末は、支払いのやり繰りで頭を悩ませた。
 仕入先への今月の支払いが20日に迫っていても、売り上げ先からの支払いがあるのは25日であるから、仕入先の支払いを自転車操業で乗り切るわけにはいかない。
 おまけに相手側が法人組織の株式会社となれば、小さな個人の会社は仕入れ先からは現金での支払いを要求され、売り上げ先からは手形で支払いがなされる。
 手形は即現金化しないため、商売をするには常に余剰資金が必要なのだが、それももう尽き果てた。
 そして月末になれば従業員への給与も支払う必要がある。
 銀行にいけば手形を割り引いて現金化してもらえるが、200万の手形が190万になれば利益はゼロに近くなる。
 そもそも小売業とは違い、粗利の少ない卸売り業には手形を割り引くのは命取りに近かった。そして経験不足も不況も追い打ちをかけてくる。
 だが明日は支払い日。どうにかして現金を用意する必要があった。
 祖父が銀行以外に融資を頼むなと言い残した理由は明白だったが、貸し渋りをする取引銀行が19歳のヒカルに多額の融資をしてくれるはずもない。
 そんな中で頻繁に融資をすると電話してきたのは一介の金融業者。
 危ない橋だが、明日に迫った支払いのためにヒカルは決意したのだった。



 塔矢金融と看板のある扉を開けると白いスーツを着て眼鏡をした男が煙草をふかしている。いかにも……、な男にヒカルはたじろぐ。
「これはこれは可愛いお客さんだ」
「あの、融資の事で」
 ヒカルが怖ず怖ずと切り出すと、意味ありげな笑みを浮かべた男は奥の扉を指差す。そこへ入れという事だろうとヒカルはその扉を開けた。
「いらっしゃい。君みたいな若い子が融資の申し込みだって?」
 その部屋で社長よろしく座っていたのは、自分と同じ年ぐらいの青年。時代錯誤な髪型を除けば凛々しい顔つきの青年で、話の解りそうな物腰にヒカルは緊張を解いた。
「へへっ、これでもさ商売やっててさ、この手形で融資してもらいたいんだ」
 ヒカルが200万の手形を差し出すと、青年は振り出し先や裏書きなどを入念に調べていた。
「この手形のサイトは120日。それで融資となるとかなりの利息をもらう事になるよ」「そこをなんとか額面で頼むよ。銀行じゃ話にならないからさ」
 本当なら120日の期限以前に現金化しようとすれば、利息部分を差し引かれるのが当たり前だったが、そこをなんとかとヒカルは頭を下げた。
「そうは言ってもこちらも商売。この手形が不渡りになる可能性だってあるんだしね」
「なんでもするから頼むよ、明日の支払いが出来ないとこっちもヤバいんだよ」
 ヒカルの切実な響きを含む言葉に青年はそれまでの人の良い笑みを一変させた。
「そこまで言うなら進藤君。君の身体で利息を支払ってもらおうかな。それとも、そんな覚悟無しにここに来たの?」
 ヒカルを試すような言葉で挑む青年の名を塔矢アキラ。
「俺の身体?」
 訳が解らずに聞き返したヒカルに、なんと彼は、そのままビルの最上階へとヒカルを連れていくではないか。
「君が半端な気持ちじゃないなら、利息分を君の身体で払えるだろう?」
 最上階の豪華な調度品のある部屋はどうやらアキラのものらしく、彼はネクタイを外しつつヒカルに近付く。
 その行動が意味するところを正確に受けとめたヒカルは、躊躇いながらも頷いていた。
 明日の支払いが出来なければ、店をたたまねばならないのだ。祖父から受け継いだ仕事を自分が終わらせる訳にはいかないとヒカルは上着を脱いだ。
 そして男としてのプライドをかなぐり捨てて、ヒカルはアキラに抱かれたのだった。



 初めて出会った一瞬にヒカルに恋をしたアキラ。どんな理由でも良いから、ヒカルに近付きたかった。
 そして事業と従業員のために男としてのプライドを売ったヒカル。それでも抱かれている間は全てを忘れてしまう程の快楽に身体は正直だった。
 なんとか今月の支払いを乗り切ったヒカルだったが、気が付けばアキラの事を考えてしまう自分に苛立っていた。
 そして一度きりの事だからとアキラに抱かれ、努めて忘れようとしていたヒカルの前に再びアキラが現れる。
「車に乗るんだ、進藤。今夜は付き合ってもらうよ」
 身体を舐め回すような視線は気のせいか? ヒカルの身体は恐怖でない震えを覚えていた。
 それをあえて表現するなら期待だったかもしれない。そんな自分をヒカルは無視をして目一杯すごんでみせる。
「一回きりじゃなかったのかよ」
 店の前に横付けにされたランボルギーニから降りたアキラにヒカルは水を浴びせ掛けていた。
 今ここでアキラの言いなりになってしまえば、一生アキラから離れられなくなるだろうとヒカルは察していたのだ。
「ふっ、君の身体にそんな価値があったのかい?」
 ヒカルの拒絶の態度にアキラの中で何かが壊れていく。受け入れられないなら、そうせざるをえない情況に追い込むまでとアキラは嘲笑混じりに続ける。
「君に婚約者が居たよね。あかりさんだったかな? 彼女が利息代わりでも良いんだよ」
「お前って奴は! 人の皮を被った悪魔だっ!」
「なんとでもどうぞ。そんな奴と関わりを持った己れの不幸を嘆いていれば良い」
 アキラはヒカルの手を取ると無理に車の中へと押し込める。


 蹂躙されるヒカルは惹かれる思いを隠しつつ頑なにアキラを拒み、そしてアキラもまた優しさのカケラなどなくヒカルを貶めた。
 こんな出会いでなければ二人に愛が生まれたのかもしれない。しかし二人は最悪な情況で出会ってしまったのだ。
 二人は互いの想いに気付かないままに傷つけあい、そして壊れていくのだろうか……。





以下、本誌「愛の嵐」に続く。

↑というのを当時、冗談で書いたところ、結局オフラインで実現する事となりました。もうすでに手元にはありませんが良い思い出になりました。



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