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秋の夜長に徒然に。

2009.09.03 23:20

サルベージはまた後程。とりあえず手軽なんでここに放置していきます。

あと、今日の夕方までに入金くださった方、土曜には発送出来ます。コピー本も同梱してますので楽しんでくださいねvv

続き

 季節の変わり目だからだろうか。暑さの盛りは過ぎ、朝夕の過ごしやすさからは秋の足音さえ聞こえてくる。
 庭の片隅で美しい音色を奏でる虫に。高くなった空の鰯雲に。一日ごとに秋が訪れているのだと身に染みる。

 そんな過ごしやすい日だというのにリクオの身体は変調をきたしていた。
 正確に病するならば、原因不明の微熱と吐き気に襲われ、下僕達が愛らしいと口を揃えるいつもの表情を曇らせていたのである。
 幸いな事に学校は休みだったが、じっと部屋にこもっているとは珍しいリクオに本家の者達も気が気でない。
「お昼、用意しましょうか」
 とうに真昼となり、平日であれば屋上で弁当を広げている時間だろう。
 なのにリクオは皆が食事にと集まる大広間にも顔を出さず部屋にこもっている。
 首無が声をかければ障子の向こうから弱々しく声が返ってくるではないか。
「なんか気分悪いから今日のお昼ご飯はいいよ」
 食べ盛りのリクオが、元から食は細いがそれでも全く食べないなど病でしかあり得ない。
 息も詰まるような焦りに首無が障子を開ければ布団こそ敷いて横にはなっていなかったが調子の悪そうな顔色をしたリクオがいた。
 文机で本を広げてはいるが(それが宿題であるとは最近知った)どうにも進捗はよくなさそうである。
「どうなさったのです、どこか具合でも……」
「うん、ちょっと微熱と吐き気もするかなぁ」
 気のせいだと思ってたんだけどなぁ、と呟くリクオに同じく心配して部屋にとやってきた鴉天狗が息を飲む。
「まさかリクオ様! それはっ!」
 冷や汗を流しその場に崩れ落ちる鴉天狗の方が重症なんじゃないかと思わせたが、なんと鴉天狗は、
「リクオ様が、オメデタとは!」
 と、大声で叫んだのである。
 その声に、やはり様子を伺っていた妖怪達が度肝を抜かす。
「まさか、そんなっ」
「いや、微熱に吐き気と言えば……御懐妊に違いない」
「相手は誰だ!」
「せ、赤飯っ」
 口々に勝手な事を叫んでは上へ下への大騒ぎである。嬉し泣きする者もいれば真っ白に燃え尽きてしまっている者もいる中で冷静にリクオがその場を仕切るべき声を発する。
「ちょっと待ってよ。ボク男だよ?」
 だから懐妊などと騒ぎ立てられるいわれはない。
 たとえ結果に心当たりがなくても、原因に心当たりがあるので強く出れはしなかったが、少なくとも常識的に考えてもらいたい。
 リクオの脳裏には義兄弟の契りを交わした男の姿が浮かぶが、交わした契りは義兄弟の盃だけではなかったという事だ。
 特に焼け落ちた薬鴆堂が新築されてからというものリクオ自身が足しげく通っている。
 つまり逢瀬というものだろうが、だからと言って男の身体である自分が妊娠するはずがないのだ。
 しかし、そんなリクオをよそに鴉天狗は「妖怪の事を不勉強ですぞ」と詰め寄るではないか。
 いわく、
「男でも孕ませる事の出来る精の強い妖怪がおりまする」
 との鴉天狗の言葉にリクオは蒼白になる。
「まさか鴆くんがその妖怪っていうの?」
 相手は妖怪なのだから何が起こってもおかしくはない。肝(どうやら心臓らしい)を取られても生きながらえる事が出来るのだから子供の一人や二人孕ませる事も可能なのだろう。
 それが鴆だったとは意外も意外である。事前に一言でも打ち明けてさえもらえていたならそれなりの覚悟も準備も出来たであろうに。
「でも、ボクの身体は間違いなく男だし……」
 たとえ鴆が精の強い妖怪であったとしても自然の理を曲げる事など出来ようもないと、訝しく呟くリクオに鴉天狗が首を振る。
「先般より何やら怪しげな薬を処方されているようにお見受けしましたが……。いやはや、さすが薬鴆堂と申しましょうか……」
 男を懐妊させられるのは鴆様の薬ならではでしょうなぁと、開き直ったのか鴉天狗も関心しきりである。
「そんな……まさか…、鴆くんがボクに断りもなく?」
 リクオが恋人の鴆に対して怒りを膨らませていると、やはり本家の妖怪達も表情を変えていた。
「やはり、あの男かっ」
「リクオ様の言葉で確信を得たぞ」
「こそこそと忍んで逢っていると鴉の息子から聞いてはいたが、傷物にしたあげくはらませるなど言語道断っ」
 いや、ボクが逢いに行ってるんだけどね。とリクオのフォローも一同には届かない。
「これでリクオ様に手を出した輩も解った事であるし……」
 不気味な笑みを浮かべる妖怪達。
「吊し上げだっ」
「おぉーっ!!」
 自分が口を滑らせてしまった事で鴆の名が表に出るはめにはなったが、鴆との事は他人にとやかく言われたくはない。
 たとえ鴆によって孕んだとしてもそれは当事者の問題なのだ。
「ボクも感化されちゃったなぁ」
 妊娠などあり得ないと解っているのに、周りの者達の騒ぎっぷりについ考えが及んでしまう自分をリクオは笑う。
「それにしてもたかが風邪ぐらいで大袈裟なんだよね」
 どう考えても疲労の蓄積から風邪をひいたのだろうと思うが、それを妊娠などと騒ぎ立てるなどある意味平和なのかもしれない。
「第一に男が妊娠なんて無理だよ」
 絶対に無理。
 そう否定はしてみたものの、相手は妖怪なのだ。男同士で愛を確かめあう事も出来るのだから妊娠ぐらいさせられるのかもしれない。
「まさか、ね」
 騒ぎたてる妖怪達を一括し、口出し無用と打ち切れば不満そうな一同も散っていく。
 次の幹部会では大変な目に遭うだろう鴆に同情しつつ、もう一度リクオは呟く。
「そんな、まさかね」
 一瞬だけ疑心暗鬼になり、リクオは己の平らな腹を見る。これが膨らんできたらどうしようかと考えてしまったのだ。

 もちろん、その疑問は数ヶ月もたたないうちに解決する事となるのだった。

SS
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