誘惑の甘い罠 5
刹那が宇宙に戻ってきて快適な私生活は霧散した。 一人寝のベッドがどれほど快適だったか言うまでもないだろう。 毎日唱える呪文は、刹那は男だ、刹那は男だ、刹那は男だ。だったがいつの間にか刹那が男でもOKだ、にかわりつつある。 ……それはさすがにマズイだろう。 隣で眠る刹那は静かなもので生きているのか死んでいるのか確かめたくなるほどだ。寝顔は安らかで、案外整った顔立ちは愛らしい。成長期に差し掛かっているというのにまだまだ子供のような肌だ。これは人種的なものだろうか? 成長期というものは普通10代に訪れる。特に二次性長と呼ばれるもので、自分も刹那の年には成長期をむかえていたはずだと記憶を辿る。 しかし視線の先にある刹那の身体は、あいかわらず背も低いし線も細い。薄っぺらい身体なのはきっと人種の相違に違いない。じゃないと説明がつかない。 そんな訳で最近男の刹那でも良いかなって、諦めにも似た覚悟が生まれつつあった。 これはさすがに完全な女日照りだからだろう。男の刹那でも良いと思えるなんて、そうでもなきゃ説明出来ないし納得も出来ない。 だがそれはやはりマズイことなのだ。 ロックオン・ストラトス!自ら率先して非生産的なことを認めてどうする。 ぐるぐると思考がループの迷路で迷っている一方で刹那は相変わらず夫婦になったものとして生活を続けている。 18才になってからと説明しているからかキスをねだる事もない。性格なのか馴れ馴れしい態度になる事もなく、以前と変わらない刹那。同室になった今でも刹那は礼儀正しく、服もきっちりとしていて着崩すなんてしない。 シャワーを浴びても出てくる時には外出しても違和感のない姿をしている。それはもちろん寝るときもだ。 そういえば刹那が着替えているところも見たことがなかったが、そういう慣習で生活してきたのだろう。 いったいどんな環境で育てばキスの一つで男同士で夫婦になる事を受け入れられるようになるのだろう。 刹那はどう考えているんだろうか。 本当に男同士で結婚するつもりなのか? 寝る時も一緒なら食事も一緒で、ミッションだって基本的には同じ。 そして今はミッションを終え、束の間の休息中でついでに言うなら食事中だ。 黙々と食べる事に集中しているが、なんて小さな口で食べるのか。 いつまでも刹那が大きくならないのは食事の量の少なさか。 「おいおい、刹那。もっと食べないとでかくなれないぜ」 「解っている」 素っ気なく答えた刹那だったが、牛乳だって欠かさず飲んでいるし。そうさ、まだ16なんだから伸びる余地はある。微笑ましく見つめていると刹那がフォークをおく。 「ロックオンは肉付きの良い女が好きか?」 なんだ唐突に? しかしその言葉を待っていた。そのとおり、俺は女の方が好きなんだ! 解ってくれるか刹那? 「まぁどっちか言うと年上の女が好きだよな」 何も言わず見守るような包容力のあるタイプ。自立している女ならなおさら良い。 ロックオンが理想を口にすれば刹那は途中で立ち上がる。 「…そうか。そうするとやはり俺は迷惑だったんだな」 「いや、そんな事、」 咄嗟に否定してしまった言葉を飲み込めば、俯いた刹那の唇が強く引き結ばれる。 そして逃げるかのように駆け出す刹那。 「待てよ、刹那!」 同じように追いかけたつもりだったが、食堂の扉が一瞬早く閉まる。 そして気付いてしまったのだ。 俺は、男のお前さんが…。そうさ、刹那を可愛いと思ってしまった時点でこの勝負には負けたのだろう。 自室近くで刹那を捕まえ、抱き締めると同時にその勢いのまま部屋へと入る。 さすがに男同士の包容を見世物にするような非常識ではないつもりだ。 「刹那…」 見た目どうりの華奢な体躯。男にしては柔らかい気がするのは、きっと刹那がまだ子供だからだろう。 服の上から強く抱き締めれば背中にある布の段差が掌に伝わる。 女性用の下着だろうが、このホックを外すのは狙撃よりも得意だ。 っ、ホックだと! 恐る恐る手のひらを前へと移動させて刹那の胸板に触れる。 そこにあるのは小振りながらもまぁるい感触だ。 「せ、せ、せ」 言葉に出来ない言葉が、脳内で渦を巻く。 刹那、お前さん、女だったのか? それはいつからだ? いやそりゃ生まれた時からに違いないが、マジですか? しかし、それなら二人の間に男同士という高い壁はない。もう我慢しなくて良いのだ。 途端に色んな回線がロックオンの中で繋がる。 勿論一番早かったのは欲望だった。 「刹那! 好きだ!」 ガバリと抱き締めようとするが刹那の方が一瞬早く身を引く。 「解っている。俺が18になってからだろう?」 それまでは我慢すると言う刹那だったが、いやちょっと待てよ。 確かに俺は18になるまで我慢だと言った。 しかしそれは方便であり、この密室にいるのは想い合う二人の男女なのだ。結婚前提に付き合っているのに何か問題が? そもそも刹那だって、女なら女だともっと早く言ってくれれば良かったのだ。 しかし、気が付いてしまえば、確かに不自然な事もたくさんあった。 今まで刹那の裸どころか薄着すらも見たことがなく、疑問視もしていなかったが、刹那が女の子だというなら納得出来る。刹那なりの恥じらいだったのだ。 「俺が18になったら…」 頬を赤らめて俯く刹那に、自分の発言が原因とはいえ激しい後悔に襲われるロックオンなのであった。 ブリーフィングルームではミッションプランそっちのけで俺達の話でで盛り上がっている。 「あんな可愛い子を男だなんてまぁ」 「呆れた」 「刹那が男に見えてただなんて、一度検査した方が良くない?」 「視力じゃなくて頭、だな」 「そういえば南の島での待機中、刹那の髪を切ってやるから脱げって言い出して。いくら誤解していたとは言ってもあれはさすがにまずかったね」 アレルヤが見ていて冷や汗が出たと言うが、なんでそこでネタバレがなかったんだ? 刹那も女の子だから頑なにケープがわりの布を取らなかったのだろうが、やはり気付かなかった俺が悪いのか? 「最っ低〜」 「センスないし、色々ダメだとは思ってたけど?」 あの、そこに俺のセンスは関係ありますか? ないですよね? どうやら刹那が女の子と気付かなかったのは俺だけだったらしく、それを楽しんでいたらしいメンバーからその後一週間以上も散々弄られる結果となった。 勿論、己の発言で首を絞められることになろうとは思わず、最終的に刹那が18になる4月7日、俺達はようやく結ばれるのであった。 長い間放置していてすみません。ようやく完結しました。 書きたかったところは、自分の発言のせいで刹那と結ばれるのに2年もかかってしまうロックオンでした。 もちろん、1期でロックオンは死なないというマイ設定ですけどね。 |