涙がかれるまで泣いて
ソランの義理の父であるアリー・アル・サーシェスは人一倍野心家であり、利のある結婚によって着実にステップアップを狙ってきた。 甘い言葉で二度の離婚に失敗した母の三人目の夫となり、そして姉のマリナと自分の義父となったアリー・アル・サーシェス。 決して母を愛した訳ではない。単に母が資産家だったから義父の目に止まったのだろう。 姉のマリナとは父が違ったが、母が亡くなってからは横暴な義父から逃れるように生きてきた。母は義父の正体にいち早く気付き、失意のまま昨年の冬に風邪をこじらせて亡くなったのだ。 今でこそ、義父はアスコット競馬でも優勝するようなアラブ馬を何頭も所有し、また莫大な相続財産をバックにその地位を揺るがないものとしていた。 だが悪名からか、いくら資産があっても手に入らないものがあったのだ。 それは血脈による地位だ。 爵位だけはいくら金を積んでも買えるものではなく、いくら資産があっても一流の集まりには招待されないことに義父のアリーは焦りを見せていた。 爵位がないためにホワイトクラブは勿論ブラッククラブにも入会を断わられ、最近のアリーは義理の子供であるマリナやソランに八つ当たりをする日々だったのだ。 「まったく!どいつもこいつもお高く止まりやがって!」 手っ取り早く地位を手に入れようと、跡継ぎのいない旧家の令嬢に求婚したらしい。 家財どころか使用人までを引き連れて、こんなアイルランドまで足を運んだ事でも義父がいかに虎視眈々と狙っているか推測出来る。 だがいくら資産があろうと出自の解らぬ男に、娘を嫁にしようという父親はいなかった。 「たかだか男爵家ごときでお高くとまりやがって!」 社交会のシーズンにこんな田舎にわざわざ屋敷を借りたのも、男爵家の令嬢との婚約を確固たるものにしたかったらしいが父親のヴァスティ男爵はうまく話を反らしていると聞く。 アリーの馬には興味はあっても、その馬の持ち主を義理の息子にはしたくないのだ。そんな男にアリーも焦り始めているようだ。 「おい!ソラン!地下の倉からワインを出してこい」 「あれは母が貴重だからと俺達に残したものだ」 「あぁ?この俺に口ごたえすんのか?」 反抗的な態度が気にくわないのだろう。アリーはよく鞭を振るった。 空気を切り裂くような音とともに背中に痛みが走る。 「やめて! お義父様! ソランはまだ16なのよ」 「はっ、16になっただと? そこまで大きくなってもまだ親の脛をかじりやがって! 継子のお前には何一つやるつもりはないから覚悟しておけ!」 義父が部屋を出て行くと姉のマリナが介抱のために駆け寄ってくる。 「ソラン、大丈夫なの?」 「問題ない」 今日はまだ機嫌が良かったのだろう。アリーがしつこく打ち続ける痛みで気絶することもあったが、今日は途中で止めて部屋を出て行った。おそらく自室で飲みなおすのだろう。 母が残した遺産をアリーはうまく活用はしているが、母が自分達にと残したものだけは勝手にされたくはなかった。 葡萄畑を愛し、ワイン造りに熱心だった母。夫の命でそれを手離す事はどれ程の苦痛だったろうか。 コーナー侯爵に献上し、ホワイトクラブに入会する口利きをしてもらおうと画策したのが2年前。結局はそれも失敗し、義父は役に立たなかったと妻を疎んじた。 その妻も亡くなったので、手っ取り早く婚姻によって地位を得ようとする態度はとても彼らしかった。 男爵の娘に求婚したのは母が亡くなってすぐのことだったらしいが、せめて喪のあけるまでと誰も進言しなかったらしい。 男爵の娘のカティ・ヴァスティもかなり扱いづらい女性らしく、また結婚に子供がいては自身の為にはならないと考えたのか、最近は特にマリナとソランに辛くあたるようになっていた。 ある晴れた日のことだった。 「聞いて!ソラン、お父様が私に結婚しろというのよ!」 泣きついてきた姉のマリナは社交会にデビューするにはとっくに年齢を過ぎているがとても美しく聡明な女性だった。 社交界に関しては義父が義理の娘に余計な金をかけるのを極端に嫌がったのと、白人社会に馴染まないと考えてのことだ。だから姉はとっくに結婚を諦めていたし、最近はふさぎこむようにもなっていた。 それにしてもまだ母の喪が明けていないというのに縁談とは非常識すぎる。 「俺がアリーに言ってやる」 「駄目よ!ソラン。お義父様に意見しては駄目。私なら大丈夫だから」 誰と結婚されるかは知らなかったが、姉は屋敷から出ないし、偶然見初められたというような事はない。つまりこの縁談はアリーの都合が良い縁談だということだ。 「母だけでなく姉上までを利用するというのか!」 「安心しろ相手はアイルランド貴族だ。ディランディ伯爵夫人なんぞマリナにはもったいねぇぐらいだぜ」 「姉上の意思はどうなる!」 「ソラン、俺を怒らせるな。お前が一番邪魔なんだとそろそろ知っておけ。そうすれば余計な口も聞けなくなる」 つまり実子のいないアリーの財産はすべて男児であるソランのものだということだ。それをアリーは気に食わないらしい。 「だがな、そうは問屋が卸さねぇってなあ!」 上段から鞭が振り下ろされる。 「うぁっ! あぁっ」 我慢出来ず床に倒れた背中を何度も鞭が傷つける。 「ふんっ、いい声で鳴くじゃねーか。確か16になったって言ってたな」 髪を掴まれ上を向かせられる。 「よし、今夜俺の部屋に来い。鞭をくれてやるよりもっと楽しい事をしようじゃねーか」 そう言った義父の表情に不穏な色を見てとってソランの身体が震えた。まさか、義理の息子を……? このままでは何をされるか解らない。 「逃げなければ!」 痛む身体。背中には血が滲み、ひきつれたかのようだった。 「一緒に逃げてくれるだろう。エクシア?」 幼い頃に実の父親に買ってもらったエクシアは昔と変わらず白く美しい毛並みで傷ついたソランをいたわるように鼻面を押し付ける。 かつてアスコット競馬で優勝したエクシアは種馬として義父も一目置いているので、この友を連れて逃げればかなりの怒りを買おう。だが自分にしかなつかないエクシアを残しては行けなかった。 姉の事も気がかりだったが伯爵夫人の座を狙うアリーが暴力をふるうこともないだろう。 エクシアの背中で揺れながらソランはいつしか意識を失っていた。 「おいおい、馬達が騒ぐから来てみれば。馬泥棒か?」 耳障りの良い声はソランを咎めるものではなかった。 「俺はロックオン・ストラトス、お前さん名前は?」 「……刹那・F・セイエイ、こっちは」 「知ってるさ、エクシアのレースを見た事があるからな」 不思議な事にエクシアもこのロックオンという男に大人しく撫でられている。 「隣の領地にサーシェスが滞在してると聞いたが。まさかそこから盗んだのか?」 「違う!エクシアは俺のものだ! うっ」 背中の傷が乾きはじめていて、シャツに貼り付いてしまっている。動こうとすると激痛が走った。 十分遠くにきたつもりだったが塞がりきれない傷からもそう遠くないと推測できた。 「おい!大丈夫か?」 心配そうに覗き込むロックオンと名乗った男は美しいブルーグリーンの瞳をしていた。生粋のアイルランド人だろう。 「それよりも、ここは?」 エクシアが意識のなくなった主の為にどこかの馬小屋に入り込んだのだろうが、もしまだ距離を稼げていないなら一刻も早く出発しなければなるまい。 「ここはディランディ伯爵の領地だ」 「うそ、だ」 ロックオンの言葉が正しければここは隣の領地で、姉の結婚相手となる者がいるはずだ。よりによってこんな所に迷い込んでいただなんて。 出血しすぎたのだろう。再びソランの意識が遠くなっていったのだった。 そしてソランは、いや刹那はいつしか助けてくれたロックオン・ストラトスと恋に落ち、まるで前世から約束されていたかのように結ばれたのだった。 アリーから逃れ、心から愛する男と二人で生きていく決心をした刹那に容赦なく現実が突き付けられる。 「まさか、あんたがディランディ伯爵の…。姉上に求婚した男なのか?」 声が震える。ロックオン・ストラトスと名乗った男がまさか姉の結婚相手と、誰が想像しえようか。 この優しい男が。夜な夜な愛してると囁いた男が、一週間後に結婚を控えていただなんて、なんという裏切りか。 失意という名の深い湖。冷たい水は刹那の心を凍らせた。 (あぁこのまま消えてしまえればどんなに良いか!) だが願いは叶わないのであった。 妄想満載です。ガンダムなんて関係ない完全パラレル。1800年ぐらいのヨーロッパを舞台にした完全捏造です。ふと仕事中に思いついたネタをちょっと形にしてみました。 ガンダムが馬なのは笑うところです。ちなみにシーリンも馬です。 ロックオンに恋をした刹那が、ロックオンの裏切りに傷つき、そして身を隠す…。 そして… ここからはどうなるのかさっぱり解りません。というか考えてないのです。ハッピーエンドになるでしょうが、そこまでが遠いですね。 他にアリーによる寝室での虐待もあっても良いかもしれんとかこっそり妄想。またロックオンと愛を確かめ合って、実はロックオンがマリナの結婚相手と知って…のくだりを色んなバージョンで妄想してたんですが、もう一つ、実はカティはコーラサワー公爵に見初められ…なハーレクインを妄想してました。えぇ楽しかったです。 妄想だらけで(頭が)かわいそう…orz 追記 結局コピー本で続きのクライマックスシーンを書いてしまいました。勿論ハッピーエンドです。 |