MOON & SUN 3




 刹那から連絡があったのは本当に突然だった。
「今夜始末をつけさせてやる。酒は飲むな」
 至近距離になるし、人も大勢いる場所だからそれなりの用意をしておけと、昼をすぎての連絡。
 今夜だって? ロックオンは画面を見ながら慌て立ち上がって、もう一度画面を凝視した。
 指定されたのはまた同じような酒場。しかし詳細を知る肝心の刹那が20時を過ぎてもなかなか現れない。
 ジンジャーエールだなんて飲み物を口にし、子供じゃねーつーの、と一人ごちる。
 ソーダパンはいけたがクラムチャウダーは下ごしらえに手を抜いたらしく火を通したにもかかわらず魚がくさい。
 そうやって空腹を満たしながら、刹那に振り回されいるのを自覚していた。
 ステージでは踊りが始まっている。
 ストリップではないがなんて露出の高い衣装だろうか。ベリーダンスだかなんだかよくは知らないが見る者を惹きつける踊り。
 しかし、残念ながら匂いたつような色気はない。客がステージに近付き女の胸にチップが押し込まれる様子が見えた。
 ダンサーは日に焼けたような肌に黒髪。赤い唇は瞳と同じ色だ。
 見覚えのあるその容貌にロックオンは思わず立ち上がる。
「せっ!刹那?」
 遠目であってもステージで踊る姿がはっきりと見える。
「じょ、女装か?」
 ステージで妖艶な踊りを見せるのは間違いなく刹那だ。
 先日会ったのは間違いなく男だったから、顔がそっくりな別人と考えるべきか。いや、ここまで瓜二つというのはあり得ない。
 やはり刹那の女装だろう。しかしあのウエストの括れはどうだ? あれが男の体型とはとても思えない。
 ロックオンが肯定しては否定するを繰り返しているうちに、ステージの刹那が視線に気付いたのか、笑みを浮かべて近づいてくる。
 客の間をすり抜けようとするたびに、腕を捕まれたりチップを押し込まれたりと中々前には進まない。
 近くにきて、露出の高い衣装を身に纏う女が、歓迎するかのように笑みを見せた。
 大きくはないが盛り上がりを見せる胸を間近で見てロックオンはやっと刹那とは別人だと結論を出す。
 偽物にはない胸の揺れは、自慢じゃないが見間違えた事はないと自負するロックオンなのである。
 誘うようなコケティッシュな表情。
 小麦色の肌に赤い衣装はその瞳の色に合わせているのだろうし、また艶のある唇はロックオンからのキスを待つかのようだ。
 まだ大人になりきらない外見を持つ刹那によく似た女がロックオンの首にすがるように手を回す。
 これは誘われているのか余興なのか判別がつかないでいると、周囲から冷やかす声や口笛が鳴らされた。
 瞼が閉じられるのと同時にまるで吸い寄せられたかのように、ロックオンは刹那によく似た踊り子に口づけていたのである。

 脳裏では無表情の刹那がキスをねだって目を閉じていて、女とのキスに刹那を思い出した自分をロックオンは笑いたい気分だった。
 刹那に惹かれていると自覚するには十分過ぎるキス。しかしこの刹那に酷似した女にもロックオンは興味を覚えてしまったのだった。


 柔らかい唇は一瞬で離れ、然り気無くロックオンが腰に回した手を流れるような仕草でほどくと、また客の中へと戻っていく。
 男を惹き付けてやまない魅力。
「いい身体つき」
 滑らかで感度の良さそうな身体をしているとロックオンは評価を下す。が、
『ちょっと待て自分!』
 女に限りこんな子供は相手にしない主義だと思い止まる。
 確かに男でも女でもどちらでも構わない主義だが、男には胸や尻がないぶん、女は熟れた方が好みだ。
 ほんの少しキスしただけなのに、身体が刹那によく似た少女を求めていた。
 密着した身体を隠れ蓑にして手渡された鍵。耳元で囁かれた声が耳の奥に残る。
『今夜、306号室』
 年甲斐もなく鼓動が早くなる。なんて魅力的なお誘いなのだろう。
 これが刹那からの伝言でなければ、もっと楽しい気分でいられたろう。
 しかし、女の外見も含め身体捌きからしても彼女が刹那からの密命を受けていた事が解る。
 おそらくあの女は刹那の使いなのだ。もう一度会えるだろうか。
 気分を切り替えて仕事の算段をする。
 よく見ればターゲットの男が刹那によく似た彼女を膝に乗せ、衣服の隙間に紙幣を入れようと躍起になっていた。
 下着の隙間に入れるふりでいやらしく触っている。
 どんっと降ってきたような衝撃。それはまさしく嫉妬だった。
 そいつは俺のだと叫びたいのを耐えてジンジャーエールを飲み干す。
 喉の渇きは癒えても飢えは収まりそうにない。
 話の筋書きは完全に読めた。あの女の過剰なサービスと鍵。どんな会話がなされているのか。手に取るように解ってしまってロックオンは苛立ちを隠そうともせずに席を立つのだった。

 






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