真夜中の人魚姫 8




 ミニスカートに生足という男としては無視出来ないファッション。それを選んだのは自分だ。
 薄手のニットは身体に沿って胸元を強調している。感触さえ思い出せそうな膨らみは下着で強調されているとしても魅力的だ。
 なんとか無事に一日を終えてロックオンは自分の変化に戸惑っていた。

 こんなにも刹那が可愛く見えるなんて想定外だ。天変地異の前触れに違いない。

「うん。なかなか可愛いよな」
 自分が見立てた服を着せていると本当に恋人同士のような気もしてくるから不思議だ。
 なにげなく古い映画を思い出す。マイ・フェア・レディ、プリティー・ウーマン。もしくはゲンジ・ストーリーか?

 デートが終わり、部屋で宇宙へと戻る荷造りする刹那。先程、エージェントから連絡も入ったので明日か明後日には宇宙だ。
 小さい身体で動く姿に改めて可愛いと思う。着替えをしていないので、ミニスカートからチラ見えする太腿の位置に、逸らさなければと思いつつ目が離せない。
 始めは気乗りしなかったものの、おかげでとても楽しいデートだったのだ。
 男なら誰もが刹那に目を奪われるのか、向けられるのは羨ましそうな視線。連れて歩くだけで鼻が高った。
 この服の下には、豊満ではないが立派な女の身体がある事を自分だけが知っている。
 折れそうなほど華奢なのに胸は形良く盛り上がっていて柔らかい。
 他の男は知らないだろう刹那の秘密を思うと焦りにも似た感情が沸き起こってくる。
 何故自分が焦るのか。
 ロックオンにはおおよその見当がついていたが認めたくなくて首を振った。


 荷造りを終え、おずおずと切り出す刹那。
「…服の代金を支払う」
「バーカ、女の子にプレゼントする楽しみを奪ってくれんなって」
「しかし」
「そんな綺麗な脚を見れたからチャラだな」
 冗談めかして言えば刹那もそれ以上は口にせず、たった一言ありがとうとだけ口にした。
 はにかむ仕草が真剣に可愛い。

 足は細いだけでない。
 筋肉がうっすらとついて綺麗なラインをみせる。
 また胸も、寄せて上げるという下着の仕組みを知っていても、その盛り上がりから目が離せない。細いウエストも好みで、思わず後ろから抱き締めたくなる。
 今まで隠していたのが理不尽に思えるほどのスタイル。

「そうしてると女の子にしか見えないぜ。まぁ、いただけないのは声だな。それは生まれつきか?」
 見た目は完璧なのに、声だけは低く、まるで男のようだ。だからずっと誤解していたのだと自分の観察力を棚上げしたそれは何気無い質問のつもりだった。
 しかし刹那から返ってきた言葉はロックオンの予想を上回っていたのである。
「いや、10才の時に薬で潰した」
「潰した?」
「あぁ。女とばれると悲惨だったからな」
 女は戦えないからと邪険にされたとだけ説明して刹那は黙り込む。
 真実はもっと悲惨だったがロックオンに打ち明ける気になれなかったのは好きな男に誤解されたくない乙女心かもしれない。
「……悪い事、聞いたな」
「いや、事実だ」
 つまらない事を口にしたと反省してロックオンは話題を変える。
「でもよ、今ですらそんなに可愛いんだからよ、あと2年もすると黙ってても女と特定されんぞ?」
 昔ならいざ知らず、どうして今もなお男の格好をするのか。仮に女とばれたところで何の危険もないはずだ。
 そんなロックオンの疑問はあっさりと解けた。
「可愛いだって?」
 刹那の訝しげな様子は明らかに可愛いという言葉を疑っているようだった。
「あぁ。刹那は可愛いぜ。俺が保障する」
 刹那は誰が見ても可愛いと思うが、どうやら刹那はそう思っていないようなのだ。
 むしろ反対方向に誤解しているように受け取れた。



 可愛いというロックオンの言葉に刹那はうつむく。
 こんな嬉しい言葉を受ける日が来るなんて夢じゃなかろうか。
 特に相手がロックオンだという事も大きい。
 今ここに痩せっぽっちのみすぼらしい子供はいなかった。すくなくともロックオンの賞賛を受けるに値するだけの存在ではいるようで刹那は頬を染めた。
 しかし、突然ロックオンが眉をしかめ刹那を凝視したのだ。
「その体型。もしかして初めて泊まった夜の、裸の女は刹那だったのか?」
 確信めいた問いに一瞬息が止まりそうになる。
「……見られていたのか」
 寝ていると思っていたからついいつもの癖で裸のまま風呂場から部屋に戻ったのだが、まさかロックオンに見られていようとは思いもしなかった。
「バカ! 無防備すぎだ」
 真剣に怒るのは自分のためなのだろうか?
 けれど裸を見ていたにも係わらず、裸の女が刹那と気付かなかったのだから、男だとか女だとかロックオンにとっては取るに足らない些細な事のように思う。
「けど…、ロックオンは俺なんか興味ないだろう?」
 彼が年上好きだといつ聞いただろうか。
 8歳も違うこんな小娘は、可愛いとは思えてもそれは妹の感覚に近いだろう。
 しかし続くロックオンの言葉に刹那は息を飲んだ。
「興味…、あるから困るんだよ」
 ロックオンにしてみれば女の子と知ってから胸のざわめきが収まらないのである。自分が選んだとはいえ、ミニスカートなんて目の毒であったし、あの裸体や手に残る胸の感触が忘れられなくなっていたのだ。
 結構魅力的なのを自覚してくれと呟けば刹那は小さく不平を洩らす。
「気付いてなかったクセに」
 そう言って不貞腐れた刹那も可愛い。
 酔った自分を介抱し着替えすら用意してくれた刹那。隠された身体は本当に魅力的で……。
 その瞬間、ロックオンは童話の人魚姫を思い出していた。

『そうか。刹那は声を失った人魚姫だ』

 突然納得したような笑みを浮かべたロックオンに抱き締められキスをされそうになるが、驚いた刹那は紙一重でかわす。
 しかし、刹那が逃げようとしたのを察したのか、ロックオンは刹那の額に軽くキスを落とすと、
「人魚姫に気付かない大馬鹿にはなりたくないね」
 と、刹那に微笑みかけたのだ。
 ハッキリ言ってロックオンの行動は不可解だった。いったいどんな回路が働いた、いやショートしたのかと刹那はロックオンを見つめ返す。
 突然のロックオンの行動に戸惑いはある。
 しかし恋をした男がこうして熱い眼差しで見つめてくるのになんの不都合があろうか。
 人魚姫とか訳の解らない事を言うのだけは理解できないのでやめて欲しいと思うのだが、ロックオンは自分の思い付きが気に入ったのか刹那の抗議など無視状態である。
「なぁ。俺のマーメイドは海に還ったりしないよな」
 そう問いかけられると同時に、頬というより唇の端にロックオンの唇が触れる。いつの間にか腰に手を回されていて、身体から力が抜けていく。これはどうしたことか。
「何を言いたいのか解らない」
「良いんだよ、恥ずかしいから。解らない方が良い」
「?」
「つまり王子様は人魚姫に恋をしたってこと」
 次の瞬間、刹那の唇はロックオンによって塞がれ、甘い吐息だけが二人の間の言葉となる。
 そして刹那が、ロックオンの言葉がアンデルセンの童話からの引用だと知るのは、二人の間に生まれた子供に絵本の読み聞かせをする6年後の事となる。



 それから……。
「声帯復元手術?」
 ロックオンは恋人の真剣な表情に思わず聞き返していた。
「モレノが治せるって」
 普通にしていれば、刹那の声は低い男の声でしかない。ロックオンがそれを今まで気にしなかったと言えば嘘になる。しかしおかげで悪い虫も近寄らないという利点に最近気付いてもいた。
「無理に治さなくてもいいけどな」
 刹那は刹那だ。
 ロックオンのそんな一言に刹那は嬉しくなる。それでも、ありのままの自分が良いという男に対して、少しでも女らしくありたいと思うのは自然な事だ。
 だが、「今のままだと男色の気分も味わえるんだけどなぁ」なんてとんでもない事をロックオンが口にしたので刹那の動きが止まる。
『まさか、本当は男が好きなのか?』
 普段から男のような格好をしていても何も言わないロックオン。
 一ヶ月前に恋人同士になったものの、本当は男の方が好きなんじゃなかろうかという刹那の疑問は、その後婚姻届を出すまで払拭される事はなかったのである。


5.28一部改訂

最後までお付き合いいただきありがとうございました。ちょっぴり女の子っぽい(胸はCカップ)のせっちゃんと、最後には狙い打つぜな兄貴でした。ちなみにゲンジ・ストーリーは勿論、源氏物語です。ハリウッ○で映画化…してるのかもしれません。次はかなり巨乳なせっちゃんにチャレンジしてみたいとか妄想してます。せっちゃんラブv




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